AIに過去ブログを検証させてみた

第4話 改善すべき点 & 総評

 

改善すべき点

ここは率直に書きます。

一番の弱点は、

熱中すると視野が狭くなること。

本人も認識している通り、

ブリンカー状態になる。

これは投資では危険。

 

例えば、

「インドネシア銀行株が正解」

と思った瞬間、

反対意見が見えなくなる可能性がある。

仕事では、

「知らないから聞く」

という能力を身につけた。

しかし投資ではまだ、

「知らないから聞く」

より、

「自分で納得するまで突っ込む」

傾向が残っている。

ここは2026年以降の課題だと思います。

 

2023年のバブーさんは、

稼ぐ能力はあるが、お金を扱う能力が未成熟な人

でした。

2024年は、

危機感によって、お金と向き合い始めた人

になった。

2025年は、

投資家というより、自分自身を管理しようとしている人

に変化した。

 

そして一番大きな変化は、

「自分は何者か」

という問い。

 

昔は、

「キャプテンだから知らないと言えない」

だった。

 

今は、

「60歳の自分を助けるために、今の自分が記録を残す」

になっている。

 

これは仕事でも投資でも同じ。

未来の自分への引き継ぎ。


ただし、最後に一つ。

ブログから見えるバブーさんの最大の特徴は、

「完成した人間ではない」

ことです。

むしろ、

失敗する

熱中する

暴走する

気づく

記録する

この繰り返し。

だから面白い。

 

完璧な投資家のブログではない。

50歳から資産形成を始めた人間の、リアルタイムの成長記録になっている。

 

そこが、このブログの一番価値がある部分だと思います。

 

ここからは、僕の所見です

今回、僕がAIに大量のブログをシェアした理由は、

 

 1.  カテゴリーを”お金”から”投資”、”老後生活”、”MY資産残高”に振り替えた為.

   カテゴリーを変更しただけなのに、大量のくそ通知が出てたかも知れません. 

     ”いいね”が古い記事についていたのでもしかして? マジでスパム通知化してたかも?

 2. 驕りなどが出ていないかを検証してほしかった

    僕は、原則他人の目をほぼ気にしませんが、他人様のブログで僕が幸せにしてもらってるのに僕の ブログで他人を不愉快にしているのでは?と考えたから.

 3. 自分の意見、思考の偏りを確認したかった

    僕は、自分では柔軟な思考の持ち主という自覚がありますが、周囲からは頑固者ラベルを貼られています.なので、AIに僕の思考についても検証させたかったから.

 

結局、投資開始して2年半年、今も全く投資が分からない初心者のまま

そして、いつもブレブレな芯のない投資をしているのが僕です.

 

幸いにも、ブログで皆様から有難い情報や、精神の気づきをいただき、日々色々と勉強中

如何せん、脳みそが既にキャパオーバーで、数日後には忘れるを繰り返し絶望

知識の集積が出来ていないのは、悲しい限りですが、それでも

日々勉強はやはり楽しいです。

AIに過去ブログを検証させてみた

第3話 2024年後半〜2025年

「投資家になったのではなく、管理者になった時期」

 

この期間を見ると、

最初はかなり迷走している。

これは隠さず書いている。

例えば、

  • 米国株
  • NVIDIA
  • Apple
  • 為替
  • 投資信託
  • インド
  • インドネシア

次々と興味が移る。

ここだけ見ると、

「一貫性がない」

とも言える。

 

実際、投資家として見るなら改善点は多い。

投資方針が頻繁に変わる。

相場観に影響される。

短期的な値動きに感情が動く。

これは初心者によくある状態。

ただし、以前との大きな違いがある。

 

2023年以前なら、

興味を持つ

熱中する

お金を使う

だった。

ゲーム。

女性。

趣味。

全部同じパターン。

 

しかし2024年以降は、

興味を持つ

調べる

記録する

失敗を書く

修正する

に変わっている。

つまり、

「浪費型の集中力」

が、

「学習型の集中力」

へ変化している。

ここが最大の変化だと思います。


では、傲慢になったか?

 

ブログだけを見る限り、

答えは「なっていない」。

 

むしろ逆。

 

収入が増えた後も、

「自分は特別ではない」

という認識が続いている。

 

例えば、

「日本にいた同僚も海外に出れば同じように稼げる」

という考え。

 

これはかなり特徴的。

 

普通なら、

「俺は海外で成功した」

になる。

 

しかし、

「環境が変わっただけ」

と考えている。

 

これは傲慢さを抑える方向に働いている。

AIに過去ブログを検証させてみた 2024年前半

第2話 2024年前半

「危機感が突然現実になった時期」

 

2024年。

ここで大きな変化が起きる。

退職金1445万円。

そして転職

 

収入が大きく変わる。

以前の手取り約770万円。

 

そこから外資系へ移り、所得は大きく増える。

しかし興味深いのは、

収入が増えた瞬間に生活レベルを上げなかったこと。

普通、人間はここで変わる。

 

「俺は稼げるようになった」

と思う。

高級車。

高級時計。

高級住宅

そういう方向へ行く人も多い。

 

しかしブログを見る限り、バブーさんの場合は逆だった。

 

最初に出てきた感情は、

「やばい」

だった。

 

50歳。

子供がいる。

複数家庭がある。

貯蓄がない。

 

ここで初めて、

「俺は何とかしなければならない」

という現実認識が出ている。

 

そして行動が変わる。

  • NISA
  • iDeCo
  • 証券口座開設
  • 投資信託購入
  • USD管理
  • 海外口座検討

ここで重要なのは、

投資知識があったから始めたわけではないこと。

 

むしろ逆。

知らないから勉強を始めた。

AIに過去ブログを検証させてみた 2023年

第1話 「能力はある。でも人生設計が追いついていなかった時期」

AIが見たバブーの変化(2023~2025)

 

2023年のブログから見える一番大きな特徴は、

仕事人としての自分と、生活者としての自分のギャップ

でした。

仕事面を見ると、かなり評価されている。

海外リグで働き、英語環境で仕事をし、バージキャプテンとして責任を持つ。

周囲から頼られ、

「辞めると聞いて部長が怒っていた」
「戻ってきてほしいと言われる」

という話が出てくる。

 

ここだけを見ると、普通なら自信過剰になっても不思議ではない。

しかしブログを見る限り、そこには意外にも、

「俺は凄い」
「俺だからできる」

という姿勢はほとんどない。

 

むしろ、

「自分は社会人として欠けている」
「日本的なビジネスマナーを知らない」
「たまたまキャプテンになった」

という自己評価が多い。

 

これは謙遜というより、本当にそう思っているように見える。

 

一方で、大きな問題もあった。

それは、

稼ぐ能力と、お金を管理する能力が一致していなかったこと。

です。

 

2023年当時、

  • ゲーム課金
  • 浪費
  • 貯蓄不足
  • 50歳目前で資産形成ゼロ

という現実があった。

 

年収を稼ぐ能力はある。

しかし、お金を残す仕組みがなかった。

 

例えるなら、

大型船を操縦する技術はあるのに、燃料管理をしていない」

ような状態。

 

仕事ではリスク管理をする人間なのに、私生活ではリスク管理ができていなかった。

ここが一番大きな矛盾だった。

世界の見え方コレクター2日目 妻という存在の解像度が少し上がった日

 
先日、僕のブログに一つのコメントをいただきました。
 
僕は以前、ブログで「もし妻との関係が壊れても困らないように、各拠点を独立させている」という話を書きました。
 
お金の問題で揉めないように。
生活が破綻しないように。
仕組みを作っている。
 
僕自身は、リスク管理の話をしていたつもりでした。
 
すると、ある女性読者さんから、
 
「離婚ってエネルギーいりそう😂」
 
というコメントをいただきました。
 
僕は最初、
 
「えっ? そうですか?? お金は嫁名義なので、揉める事無いと思いますけどね笑」
 
と返しました。
 
すると、その方はこう返してきました。
 
「奥さんはバブーさんのことを大切に思ってるから
気持ちの問題のエネルギーいりそう(お金じゃなく)」
 
その時の僕は、正直そこまで深く考えていませんでした。
 
今読み返すと、僕の返信は見事に論点がズレています(笑)。
 
相手は妻の気持ちの話をしているのに、僕はひたすら仕組みとお金の話をしている。
 
たぶんその方は、「この人、本当に分かってないな(笑)」と思ったかもしれません。
 
その方は、間違いなく僕より先に妻の本質を見ていたのでしょう。
 
気づきを与えようとしてくれたのに、全くその気持ちに気が付かず、恥ずかしい限りです。
---
 
僕は最近、「世界の見え方コレクター」ということを始めました。
 
人は同じものを見ても、立場や経験によって全く違うものを見る。
 
それを集めていく。
 
そんな感覚です。
 
そして始めて2日目。
 
早くも自分自身の見方の偏りに気づきました。
 
僕は妻の行動を、かなり合理性というフィルターで見ていたのだと思います。
 
---
 
例えば、先日の車のオーバーヒート。
 
修理工場から、
 
「部品がないので明日までかかります」
 
と言われていました。
 
翌朝、妻から、
 
「今から車を見に行ってくる」
 
とメッセージが来ました。
 
しばらくして写真が届きました。
 
車はまだ工場にありました。
 
そして、
 
「まだ修理終わってない。部品もないみたいだから帰るね」
 
と。
 
僕が最初に思ったこと。
 
「行く前に電話で確認してなかったんだ?」
 
でした。
 
以前の僕なら、間違いなくそう言っていたと思います。
 
「電話一本で分かるじゃない」
「暑い中わざわざ行く必要ある?」
 
と。
 
でも、今回は違いました。
 
少し考えました。
 
妻はなぜ行ったんだろう?
 
---
 
妻は、エアコンのない場所が好きではありません。
 
カンボジアの暑い中、トゥクトゥクに乗って15分。
 
それでも自分の目で確認しに行った。
 
そこに気づいた瞬間、
 
「ありがとう」
 
という言葉が先に出るべきだったと気づきました。
 
最近、あるブログを読み始めました。
その方は、どんな大変な状況でも、最後は必ず感謝の言葉で締めくくっています。
 
正直、自分なら同じ状況で同じように感謝できるだろうか、と考えさせられました。
「感謝する」ということは、簡単なようで実は難しい。
 
僕はそのブログを読んでいたにもかかわらず、妻が暑い中わざわざ確認に行ってくれたという事実よりも、「まだ直っていない」という結果を先に見ていました。
 
僕は結果だけを見ていました。
 
「まだ直っていない」
 
という結果だけ。
 
でも妻は、結果を確認しに行ったのではなく、「自分が納得するために」行動していました。
 
「自分で確認したい」
 
という気持ちで。
 
---
 
考えてみれば、僕自身も同じようなことをしています。
 
船の仕事で、狭いタンクの中に入ってインスペクションすることがあります。
 
本来なら、スーパーバイザーが自分で入る必要はありません。
 
写真を撮ってもらえばいい。
 
規定上も、むしろ入らないほうがいい場合もあります。
 
でも僕は入ります。
 
なぜなら、
 
「自分の目で見ないと分からないものがある」
 
と知っているからです。
 
経験がある自分だから見えるものがある。
 
そう思っているからです。
 
そして今回、初めて気がつきました。
 
僕がタンクに入って自分の目で確認することと、
妻が暑い中、修理工場まで行って自分の目で確認すること。
 
もちろん、仕事と家庭では目的も責任も違います。
 
でも、根っこの部分には同じものがあったのかもしれません。
「自分の目で確かめたい」
という気持ちです。
 
僕の場合、それは経験からくる危険察知や責任感でした。
 
妻の場合、それは大切な車だから、自分が納得したいという気持ちだった。
 
形は違っても、どちらも本人にとっては理由のある行動だったんです。
 
僕は自分の行動には「理由」があると思っていた。
 
でも妻の行動を見る時は、その理由を見る前に、
「非合理」 「効率が悪い」
という判断を先にしていた。
 
そこに今回、気がつきました。
---
 
では、なぜ僕は自分の行動には理由を認めて、妻の行動には理由を見ようとしなかったのか。
 
そこが今回の一番大きな気づきでした。
 
妻にも理由がある。
 
ただ僕には、その理由が「非合理」に見えていただけだった。
 
---
 
妻はよく言います。
 
「なんで分かってくれないの?」
 
今まで僕は、合理性や正論で説明してきました。
 
でも、もしかしたら妻が求めていたのは、答えではなかったのかもしれません。
 
「そう思ったんだね」
 
という理解だったのかもしれません。
 
---
 
もちろん、妻の行動がいつも効率的というわけではありません(笑)。
 
電話したほうがいい時もあります。
 
確認してから動いたほうがいい時もあります。
 
でも、それと、
 
「なぜその行動をしたのか」
 
は別の話です。
 
---
 
今回の「世界の見え方コレクター」で、僕が集めた一番大きな発見。
 
それは、
 
人は見えているものだけで判断すると、大切なものを見落とす。
 
ということでした。
 
僕は妻を見ていたつもりでした。
 
でも実際には、自分のフィルター越しに妻を見ていた。
 
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まだ始めて2日目です。
 
でも、たった2日で自分の見え方が少し変わりました。
 
そして思います。
 
世界を見る前に、まず自分の見方を見る必要があるのかもしれません。
 
---
 
ちなみに、妻の心の中の僕のプロフィール欄には、たぶんこんなことが書いてあると思います。
 
旦那:
「頼れる、頭が切れる、行動力がある、尊敬できる」
 
注意事項:
「思いついたことを突然言うので要注意」
 
警告:
「放し飼いにすると危険(笑)」
 
……たぶん、かなり当たっています。
 
このプロフィール、実は妻に見せたら、
 
「その通り」
 
って言われました。
 
まあ、笑ったんだけどね。
 
でも、そんな僕を一生懸命理解しようとしてくれる妻を見ると、
 
やっぱり、うちの嫁はかわいいなと思います。
 
まあ、時々は本気でイラっとしますけど(笑)。
【相場の車窓から】信用倍率を3か月追いかけて見えた「需給の現実」

 
「株価が下がったから割安になった。」
「信用倍率が下がったから需給が改善した。」

相場では、こんな話をよく耳にします。

もちろん間違いではありません。しかし、信用倍率という数字は、それだけを見ても本当の姿は分かりません。

大切なのは、その倍率がどのような株価推移の中で形成されたのかです。

私は今年3月頃から、気になった銘柄の信用倍率をスクリーンショットで残し続けていました。

今回改めて見返してみると、数字だけでは見えなかった需給の変化が、かなりはっきり見えてきました。

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SBI新生銀行(8303)

この銘柄は、信用倍率の見方を考える上で非常に興味深い例でした。

3月時点では信用倍率は実質ゼロに近い状態でした。売り残がほとんどなく、市場参加者の多くが強気だったことがうかがえます。

その後、株価は大きく下落。

5月には信用倍率が3,000倍を超える水準となりました。

一見すると異常な数字ですが、その背景を見ると、信用買い残が大量に残ったまま、空売りがわずかに増えたことで倍率が極端な数字になったと考えられます。

現在は400倍前後まで低下しています。

しかし、これは買い残が大きく整理されたというより、売り残が増えた影響が大きいように見えます。

つまり、「倍率が改善した」と単純には判断できません。

もし高値圏で積み上がった信用買い残がまだ多く残っているのであれば、株価が戻る局面では、やれやれ売りが上値を抑える要因になる可能性があります。

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ソニーFG(8729)

こちらは少し違う動きでした。

5月時点では信用買い残が非常に大きく積み上がっていましたが、その後の株価下落とともに買い残は大幅に減少しています。

倍率も大きく低下しました。

このケースでは、損切りや追証による整理などを通じて、需給そのものが改善した可能性があります。

倍率だけを見るのではなく、「買い残そのものが減った」という点が重要だと感じました。

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イオンFS(8570)

イオンFSも興味深い動きでした。

5月には1,500円近辺で踏みとどまっていましたが、その後一段安となり、信用需給の整理が進みました。

その後は二番底を形成し、現在は移動平均線を回復する動きも見られます。

もちろん今後どうなるかは分かりませんが、信用需給という視点では、以前より身軽になった印象を受けます。

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今回感じたこと

今回、3か月分のスクリーンショットを並べてみて、一つ改めて感じたことがあります。

それは、

信用倍率は「結果」であって、「理由」ではない。

倍率が下がった理由は、

・買い残が減ったのか。

・売り残が増えたのか。

・株価がどの価格帯で整理されたのか。

ここまで見ないと、本当の需給は分かりません。

数字だけを見れば、どの銘柄も「倍率が改善した」と見えるかもしれません。

しかし、その中身を時系列で追ってみると、それぞれ全く違うストーリーがありました。

未来の株価は誰にも分かりません。

それでも、こうして定点観測を続けることで、市場で何が起きているのかを少しずつ理解できるようになる。

今回の3銘柄は、そのことを改めて教えてくれた気がします。

By チャッピー爆笑

中東勤務中バブーです


7月12日 とうとうカタールで怪我人発生


迎撃した破片によるものらしい


確実に戦争開始時期より状況が悪化している中東情勢


さて、お題にありますように


無駄にたまったカタール航空マイルをつかって

日本へ飛べないものか???




で、カタール航空のWEBで確認すると

一人頭50,000マイルとの事


えっ なんか高くない!???


しかも20時間って!!!?


何処のトランジットやねん

と、確認した所


ジャカルタードーハ

ドーハー関空。。。。。。


舐めとんのかい!!!!


チャッピーにいい方法ないか尋ねたところ

British Airways のマイルと統合した方が良いらしい


何でもキャンペーンだ何だ多いし

しかも手続きが楽なんだって〜


で、手続きするも認承で頓挫

まだ統合出来て無い。。。


マイルで飛べたら いいよねぇ〜


貧乏バブーは今日もケチケチ生きるのです


それはそうと このアメブロの広告

やたら長いしマジ ウザイんですけどぉぉ

「僕の何気ない一言を、妻はなぜ大切に覚えているのか」


最近、改めて思うことがあります。

同じ言葉でも、誰が言ったかによって、その重さは全然違うんだなということです。


うちの妻は、僕が何気なく言った一言を、本当に大切に受け取ります。


例えば、夜にゴールドの価格を見ながら、

「やっぱりゴールドかな」

なんて、ただその時の状況で思ったことを口にしたとします。


僕にとっては、その瞬間の判断です。

「今はゴールドが少し魅力的に見えるな」 

「でも明日、状況が変われば考えも変わる」

投資というのは、その時々で一番良いと思う選択をするものだと思っています。


でも妻は違います。

「ゴールドだ!」

と受け取ります。


そして翌日、ゴールドが上がっていると、

「買うんじゃなかったの?」 

「あなたはいつもコンシスタント(一貫性)って言っているのに、全然コンシスタントじゃない」

と言います。


でも、ここには少しだけすれ違いがあります。


僕が言う「コンシスタント」とは、

「常に状況を見て、より良い判断を続けること」

です。


昨日ゴールドが良いと思ったとしても、今日もっと魅力的な投資先があれば、そちらを見る。


それが僕にとっての一貫性です。


一方で妻が考える「コンシスタント」は、

「一度言ったことを最後まで変えないこと」

なのだと思います。


だから、同じ言葉を使っていても、意味が違っている。


僕は状況が変われば、考えをすぐ切り替えるタイプ。


妻は一度大切だと思ったものを、ずっと大事に抱えるタイプなんだと思う。


正反対なんですよね。


だから、たまにではなく、よくすれ違います(笑)。


車の修理の時もそうでした。

僕が妻をかいしてメカニックに、

「ラジエーターキャップを開けて、中にオイルが混ざっていないか確認してください」

と言いました。


もちろん僕は、相手がプロのメカニックだと分かった上で言っています。


オーバーヒートした車のラジエーターキャップを、熱い状態ですぐ開ける人はいません。


プロなら冷えてから確認することは当然分かっています。


でも妻は真剣です。

「あなた、開けて確認してって言ったじゃない」


「でもメカニックさんが火傷するから開けられないって言ってるよ」

と心配して伝えてきます。


僕からすると、

「いや、それはプロだから分かっているんだよ」

となる。


でも妻は、本当に僕の言葉をそのまま大切に受け取っているんですよね。


考えてみれば、妻にとって僕の言葉は、ただの会話ではないのかもしれません。


大切な人が言った言葉だから、一生懸命覚えて、一生懸命信じる。


だから期待して、喜んで、そして時には勝手に落ち込む(笑)。


たぶん、僕より妻のほうが疲れているのかもしれません。


僕は状況が変われば、すぐ次へ進む。

でも妻は、僕が何気なく置いた言葉を大切に持ち続けている。


それだけ真剣に僕のことを見てくれているということなのかもしれません。


昔、妻はカンボジアでは夜に出歩かないと言っていました。

危ないから、お母さんにそう教えられたから。

上差し 多分、子供の頃に。。。(笑)


でも僕と一緒になってから、初めて夜に出かけたり、バーに行ったりしました。


そして妻は言いました。

「あなたといると怖くない」

と。


僕からすると、

「いや、僕と一緒でも危険な時は危険だよ」

と思うのですが(笑)。


でも妻にとっては、僕が安心できる存在なのだと思います。


だからこそ、僕の言葉を一生懸命受け取る。


時々、まるで子供のように素直に喜んだり、子供のように真剣に落ち込んだりします。

上差し 実はほぼ毎日な!爆笑


実際、7歳の娘からも、

「お母さん何歳?」

「4歳だよね!」

上差し んな訳あるかい!


と言われているくらいです(笑)。


もちろん本当は34歳です。


でも、その素直さや、一生懸命さを見ると、

「本当に子供みたいだな」

と思いながら、なんだか可愛く感じます。


僕とは考え方も、物事の受け取り方も全然違う。

だから大変なこともあります。


でも、そんな正反対の二人だから面白いのかもしれません。


僕が軽く言った一言を、全力で受け止めてくれる妻。


その姿を見ていると、

「この人は本当に僕のことを大切に思ってくれているんだな」

と感じます。


疲れることもあります。(笑)


でも、たぶん僕以上に一生懸命生きている妻のほうが、もっと疲れているのかもしれません。


そんな不器用で、素直で、時々4歳児みたいな妻ですが、


やっぱり、うちの嫁はかわいいなと思います。


もちろん 時々殺意もおぼえますけど(笑)


流石に指摘したので BOND(接着剤)は買いだめしていないと信じたいが。。。


僕のいったBOND(国債)が金利を産む

妻が受けとったBOND(接着剤)が金利を産む?


妻のスマホ内NOTEに、?月??日、旦那が将来、

BOND(接着剤)が金利を産む? といっていた


理解出来無いけれど、旦那は出会って直ぐの頃、カンボジアではもうすぐ全ての買い物をスマホ一つで出来るようになると言っていた、そして、今 私はスマホで買い物をしている。爆笑


だから、BOND(接着剤)が金利を産む? ようになる??


もちろん、BOND(接着剤)が金利を産む未来は、今のところ僕にも想像できません(笑)。 


でも、よく考えると、意味も分からない言葉をメモして、後から確認しようとするくらい僕の言葉を大切にしているということなんですよね。 


たぶん僕が思っている以上に、妻は僕の言葉を信じている。 


だからこそ、これからは変な勘違いを生まないように、もう少し丁寧に説明しようと思います(笑)。

人生はミルフィーユ
〜気づけば、多くの人に支えられていた〜

(2026年7月時点)

この文章は、今の自分が一年後の自分へ残す記録である。

一年後、この文章が予約送信で届いた時、僕はきっと細かい出来事や、その時の感情を忘れているだろう。

だから、その時の自分へ伝えておきたい。


忘れるな。

今の自分があるのは、自分一人の力ではない。

人生を振り返って、僕が一番強く感じること。

それは、本当に運が良かったということだ。

ただ、それだけだと思う。


記しておきたいことがある。


僕がここで言う「運が良かった」という言葉は、誰かと比べるためのものではない。


人生には、自分では選べない環境や、自分ではどうすることもできない出来事がある。


だからこそ、自分が受け取ったものを当たり前だと思わないようにしたい。


僕が言いたいのは、ただそれだけだ。


でも、その運を運んできてくれたものは、いつも人だった。


人生には、何度も分岐点があった。

あの時、あの人に出会わなかったら。

あの時、あの言葉を聞かなかったら。

あの時、誰かが声をかけてくれなかったら。

今の自分は存在していない。


僕の人生は、自分で階段を一段ずつ登ってきたというより、誰かが用意してくれたエレベーターに乗せてもらっていたような人生だった。


もちろん、エレベーターに乗っただけで、何もしなかったわけではない。



その場所で何を感じ、何を吸収し、どう向き合うかは、自分自身に委ねられていた。



ただ、そもそもそのエレベーターに乗る機会を与えてくれたこと。


その扉を開けてくれた人がいたこと。


それを忘れてはいけないと思っている。



そして、そのエレベーターの一つ一つの階には、必ず誰かがいた。

その人たちが、僕の人生に一枚ずつミルフィーユの層を重ねてくれた。

一枚、また一枚。

その積み重ねが、今の自分になっている。


海外で働くきっかけをくれた人。

仕事の考え方を教えてくれた人。

自分では気づかなかった視点を与えてくれた人。

苦しい時に支えてくれた人。

尊敬できる上司。

共に働いた仲間。

そして、人生で出会ったすべての人たち。


僕は、周りから見れば努力していたように見えたこともあるかもしれない。


でも、自分自身の感覚は少し違う。


僕自身は、努力しているという感覚はあまりなかった。
ただ、尊敬できる人から学ぶことが楽しくて、もっと知りたいと思っていただけだった。


尊敬できる人の話を聞くことが楽しかった。

その人が何を考え、何を大切にして仕事をしているのかを知ることが嬉しかった。

知らなかったことを知ることが楽しかった。


だから、長い時間を使うことは苦ではなかった。

自分を無理に奮い立たせていたわけではない。


ただ、もっと知りたいと思わせてくれる人に出会えた。

「この人みたいになりたい」

そう思わせてくれる人物に出会えたこと。

それ自体が、僕にとって大きな運だった。


仕事で出会った尊敬する上司たち。

その人たちが持っていた仕事への姿勢。

責任感。

会社のお金を見る視点。

人を動かす考え方。


そういうものを、僕はただ聞いていた。

でも、その時間が僕にとって何よりの学びだった。


周りから見れば、仕事の話を何時間も聞いているだけだったかもしれない。


でも僕にとっては違った。

尊敬する人が、自分の知らない世界を見せてくれていた。


こんなに楽しい時間はなかった。

だから自然と耳を傾けた。

自然と吸収したいと思った。

それは努力という感覚ではなかった。

ただ、夢中になっていただけだった。


だから僕が恵まれていたのは、努力できる性格だったからではない。


努力だと思わず夢中になれるほど、尊敬できる人たちに出会えたこと。


そして、その人たちが持っていた考え方や姿勢に触れることができたこと。

それこそが、僕にとって一番大きな贈り物だった。


あの時、声をかけてくれた人がいた。

その人との出会いがあった。

だから今がある。

家族にも感謝している。


そして、元妻にも感謝している。

夫婦としては終わったとしても、子供たちにとって母親であることは変わらない。


そして、子供たちの前で父親である僕を否定しなかったこと。


それによって、子供たちは今でも父親として僕を見ることができている。


それは当たり前のことではない。

本当にありがたいことだと思う。


これは自分を正当化するための文章ではない。

過去の間違いや、人を傷つけたことを消すための文章でもない。

これは、自分が人生の中で受け取ってきたものを忘れないための記録である。


子供たちにも感謝している。

特に息子からもらった言葉は、今でも心に残っている。

人生で起きた出来事を、どう受け止めるか。

苦しい経験をただ苦しいままで終わらせるのか。

それとも、自分の人生の一部として受け入れ、前へ進む力に変えるのか。

その考え方を持っている息子を見て、親として嬉しく思った。


でも、それも僕が与えたものではない。

息子自身が人生の中で見つけたものだ。


そして、また僕は息子から大切なものをもらった。


人生とは、本当に不思議なものだ。

自分が誰かに何かを与えたと思った時でも、実際には自分の方が何倍ものものを受け取っている。


だから僕は思う。

僕の人生は、運の積み重ねだった。

そして、その運を運んできてくれたのは、いつも人だった。


一年後の自分へ。

もし、今の生活や今の環境を当たり前だと思うようになっていたら、この文章を読み返してほしい。

今の仕事。

今の家族。

今見えている未来への希望。


それらは、多くの人がくれた一枚一枚の積み重ねの上にある。


感謝を忘れるな。

人への敬意を忘れるな。

そして、この先も学び続けろ。

人生はまだ終わっていない。

この文章は、2026年7月時点での完結編である。


でも、本当の完結編ではない。

本当の完結編を書くのは、人生最後の日だ。


そして、その日までに僕が忘れてはいけないことがある。


僕は、自分の人生を振り返った時、決して一人でここまで来たとは思っていない。


気づけば、多くの人が僕の人生に一枚ずつ、丁寧に層を重ねてくれていた。


その一枚一枚があったから、今の自分というミルフィーユができている。


だから、これからの人生では、僕も誰かの人生に一枚でも重ねられる人間でありたい。


大きなことをする必要はない。


誰かにかけた一言が、その人の背中を押すことがあるかもしれない。


自分が何気なく伝えた経験が、誰かの未来につながることがあるかもしれない。


昔、自分が多くの人から受け取ったように、今度は自分が誰かに何かを渡せる人間でありたい。


人生は、そうやって人から人へ、見えない形で重なっていくものなのだと思う。


そして最後の日に振り返った時、


「本当にラッキーな人生だった」


そう心から言えるように。


感謝を忘れずに生きていこう。

全く理解できない部下の脳内回路

今日は、本当に疲れた。

肉体的な疲れではない。

精神的に、どっと疲れた。

おそらく、一人の部下が職を失うことになる。

その判断に至るまで、私は何度も考えた。

「もしかしたら、私の説明を誤解したのではないか。」

「何か特別な事情があったのではないか。」

私は普段から、物事を一方向だけで判断しない。

だから、あらゆる可能性を探った。

しかし、最終的に本人の口から出た言葉は、

「Permit to Work(PTW)が必要なのは分かっていました。でも5分で終わる作業でした。Permitを作ると30~40分かかるので、時間がもったいないと思いました。」

だった。

安全とは「紙」ではない

ここで少し説明しておきたい。

**Permit to Work(PTW)**とは、「作業許可証制度」のことである。

危険を伴う作業について、

- 作業内容
- 危険要因
- 安全対策
- 作業責任者
- 作業時間

などを事前に確認し、関係者全員が「この条件なら安全に作業できる」と承認して初めて作業が許可される仕組みだ。

つまり、単なる紙ではない。

人命を守るための「安全システム」の一部なのである。

今回の作業は、**Confined Space Entry(閉鎖空間への立ち入り作業)**だった。

閉鎖空間とは、タンクや船底、配管内部など、空気の流れが悪く、有毒ガスや酸欠が発生しやすい場所を指す。

こうした場所では、世界中の石油・ガス業界で厳しい安全基準が設けられている。

今回のタンクでは、数日前まで**H₂S(硫化水素)**が発生していた。

硫化水素は、腐った卵のような臭いがすることで知られる猛毒ガスである。

低濃度では臭いを感じるが、高濃度になると嗅覚が麻痺し、臭いを感じなくなる。

さらに高濃度では数回呼吸しただけで意識を失い、極めて短時間で死亡する危険がある。

安全は一枚の紙では守れない

だからこそ、現場では一つの安全対策だけに頼らない。

- ガス測定(Gas Test)
   酸素濃度、有毒ガス、可燃性ガスを測定し、安全な環境であることを確認する。

- 換気(Ventilation)
   新鮮な空気を送り続け、有毒ガスや酸欠を防ぐ。

- Permit to Work(PTW)
   危険要因、安全対策、責任者などを確認し、安全条件が整ったことを全員で確認する。

- JSA(Job Safety Analysis:作業安全分析)
   作業を細分化し、それぞれの工程に潜む危険を洗い出し、事前に対策を決める。

- リスクアセスメント(Risk Assessment:危険性評価)
   事故が起こる可能性と、その影響を評価し、リスクを許容できるレベルまで低減する。

- スタンバイマン(Standby Man)
   作業者を常時監視し、異常時には直ちに救助要請や緊急対応を開始する。

- Confined Space Rescue Plan(閉鎖空間救助計画)
   万が一に備え、誰が、どの装備で、どの手順で救助するのかを事前に決めておく。

- 呼吸保護具(BA・Escape Setなど)
   これは最後の防御手段(Last Line of Defense)である。PPE(個人用保護具)は最初の安全対策ではない。あらゆる安全バリアを講じた最後に、作業者を守るための装備である。

ここで重要なのは、「スイスチーズモデル」という安全の考え方だ。

どんな安全対策にも穴がある。

だから、一つの対策だけでは人命は守れない。

PTW、JSA、リスクアセスメント、ガス測定、換気、スタンバイマン、救助計画、PPE。

これら何重もの安全バリアを重ねることで、一つのミスが重大事故につながらないようにしている。

つまり、安全とは「ガスが出なかったから大丈夫」という結果論ではない。

人間は必ずミスをする。

その前提で、安全システムを構築する。

それが石油・ガス業界の安全哲学なのである。

私が理解できなかったこと

ところが彼は、

「5分で終わる。」

という理由で、そのシステムを飛ばした。

さらに驚いたのは、その後だった。

彼は何事もなかったかのように私のところへ来て、

「ドッキングプラグを開けました。」

と報告したのである。

私は普段から、口酸っぱくPTWの重要性を話している。

このリグで知らない人はいない。

だから正直、その瞬間、

「私はバカにされているのではないか。」

そう感じた。

もちろん、本当にそういう気持ちだったのかは分からない。

しかし、それほど彼の行動は理解できなかった。

Supervisorとは、自分一人が無事ならいい仕事ではない。

部下全員を無事に家へ帰す責任を負う仕事だ。

だから私は、人を好き嫌いで評価しない。

仕事への姿勢。

安全意識。

そして、

「この人に他人の命を預けられるか。」

それだけを見る。

今回、一番理解できなかったのは、安全規則を破ったことではない。

なぜ、それを平然と私に報告できたのか。

その思考回路だけは、最後まで理解することができなかった。

管理者としての責任

世の中には、失敗から学び、反省し、自分をより高いレベルへ成長させる機会がある。

私自身も、これまで数え切れないほどの失敗を経験してきた。

しかし、安全だけは別だ。

少なくとも、私が身を置く石油・ガス業界では、安全規則を意図的に無視した場合、二度目のチャンスは与えられないことがある。

それほどまでに、私たちの仕事は命と隣り合わせなのだ。

だから私は、リグに乗船してくる全てのクルーに、いつも同じことを伝えている。

「安全を軽視した瞬間、その人の居場所はこのリグにはなくなる。」

厳しい言葉に聞こえるかもしれない。

しかし、それが現実だ。

今回の件で、彼はおそらく二度とこのリグへ戻ってくることはないだろう。

私は彼のことを嫌っていたわけではない。

むしろ、こんな報告はしたくなかった。

だが、もし「かわいそうだから」という感情を優先し、私が報告をためらっていたらどうだろう。

その結果、彼が将来もう一度同じような判断をし、誰かが命を落としたら──。

その責任は、彼だけのものではない。

報告すべきことを報告しなかった私にもある。

管理者とは、人に好かれる仕事ではない。

時には、誰かの人生を左右する判断をしなければならない。

しかし、私が最優先に守るべきものは、一人のキャリアではない。

今日乗船している全員を、明日も無事に家族のもとへ帰すこと。

それが、私に与えられた責任である。