全く理解できない部下の脳内回路
今日は、本当に疲れた。
肉体的な疲れではない。
精神的に、どっと疲れた。
おそらく、一人の部下が職を失うことになる。
その判断に至るまで、私は何度も考えた。
「もしかしたら、私の説明を誤解したのではないか。」
「何か特別な事情があったのではないか。」
私は普段から、物事を一方向だけで判断しない。
だから、あらゆる可能性を探った。
しかし、最終的に本人の口から出た言葉は、
「Permit to Work(PTW)が必要なのは分かっていました。でも5分で終わる作業でした。Permitを作ると30~40分かかるので、時間がもったいないと思いました。」
だった。
安全とは「紙」ではない
ここで少し説明しておきたい。
**Permit to Work(PTW)**とは、「作業許可証制度」のことである。
危険を伴う作業について、
- 作業内容
- 危険要因
- 安全対策
- 作業責任者
- 作業時間
などを事前に確認し、関係者全員が「この条件なら安全に作業できる」と承認して初めて作業が許可される仕組みだ。
つまり、単なる紙ではない。
人命を守るための「安全システム」の一部なのである。
今回の作業は、**Confined Space Entry(閉鎖空間への立ち入り作業)**だった。
閉鎖空間とは、タンクや船底、配管内部など、空気の流れが悪く、有毒ガスや酸欠が発生しやすい場所を指す。
こうした場所では、世界中の石油・ガス業界で厳しい安全基準が設けられている。
今回のタンクでは、数日前まで**H₂S(硫化水素)**が発生していた。
硫化水素は、腐った卵のような臭いがすることで知られる猛毒ガスである。
低濃度では臭いを感じるが、高濃度になると嗅覚が麻痺し、臭いを感じなくなる。
さらに高濃度では数回呼吸しただけで意識を失い、極めて短時間で死亡する危険がある。
安全は一枚の紙では守れない
だからこそ、現場では一つの安全対策だけに頼らない。
- ガス測定(Gas Test)
酸素濃度、有毒ガス、可燃性ガスを測定し、安全な環境であることを確認する。
- 換気(Ventilation)
新鮮な空気を送り続け、有毒ガスや酸欠を防ぐ。
- Permit to Work(PTW)
危険要因、安全対策、責任者などを確認し、安全条件が整ったことを全員で確認する。
- JSA(Job Safety Analysis:作業安全分析)
作業を細分化し、それぞれの工程に潜む危険を洗い出し、事前に対策を決める。
- リスクアセスメント(Risk Assessment:危険性評価)
事故が起こる可能性と、その影響を評価し、リスクを許容できるレベルまで低減する。
- スタンバイマン(Standby Man)
作業者を常時監視し、異常時には直ちに救助要請や緊急対応を開始する。
- Confined Space Rescue Plan(閉鎖空間救助計画)
万が一に備え、誰が、どの装備で、どの手順で救助するのかを事前に決めておく。
- 呼吸保護具(BA・Escape Setなど)
これは最後の防御手段(Last Line of Defense)である。PPE(個人用保護具)は最初の安全対策ではない。あらゆる安全バリアを講じた最後に、作業者を守るための装備である。
ここで重要なのは、「スイスチーズモデル」という安全の考え方だ。
どんな安全対策にも穴がある。
だから、一つの対策だけでは人命は守れない。
PTW、JSA、リスクアセスメント、ガス測定、換気、スタンバイマン、救助計画、PPE。
これら何重もの安全バリアを重ねることで、一つのミスが重大事故につながらないようにしている。
つまり、安全とは「ガスが出なかったから大丈夫」という結果論ではない。
人間は必ずミスをする。
その前提で、安全システムを構築する。
それが石油・ガス業界の安全哲学なのである。
私が理解できなかったこと
ところが彼は、
「5分で終わる。」
という理由で、そのシステムを飛ばした。
さらに驚いたのは、その後だった。
彼は何事もなかったかのように私のところへ来て、
「ドッキングプラグを開けました。」
と報告したのである。
私は普段から、口酸っぱくPTWの重要性を話している。
このリグで知らない人はいない。
だから正直、その瞬間、
「私はバカにされているのではないか。」
そう感じた。
もちろん、本当にそういう気持ちだったのかは分からない。
しかし、それほど彼の行動は理解できなかった。
Supervisorとは、自分一人が無事ならいい仕事ではない。
部下全員を無事に家へ帰す責任を負う仕事だ。
だから私は、人を好き嫌いで評価しない。
仕事への姿勢。
安全意識。
そして、
「この人に他人の命を預けられるか。」
それだけを見る。
今回、一番理解できなかったのは、安全規則を破ったことではない。
なぜ、それを平然と私に報告できたのか。
その思考回路だけは、最後まで理解することができなかった。
管理者としての責任
世の中には、失敗から学び、反省し、自分をより高いレベルへ成長させる機会がある。
私自身も、これまで数え切れないほどの失敗を経験してきた。
しかし、安全だけは別だ。
少なくとも、私が身を置く石油・ガス業界では、安全規則を意図的に無視した場合、二度目のチャンスは与えられないことがある。
それほどまでに、私たちの仕事は命と隣り合わせなのだ。
だから私は、リグに乗船してくる全てのクルーに、いつも同じことを伝えている。
「安全を軽視した瞬間、その人の居場所はこのリグにはなくなる。」
厳しい言葉に聞こえるかもしれない。
しかし、それが現実だ。
今回の件で、彼はおそらく二度とこのリグへ戻ってくることはないだろう。
私は彼のことを嫌っていたわけではない。
むしろ、こんな報告はしたくなかった。
だが、もし「かわいそうだから」という感情を優先し、私が報告をためらっていたらどうだろう。
その結果、彼が将来もう一度同じような判断をし、誰かが命を落としたら──。
その責任は、彼だけのものではない。
報告すべきことを報告しなかった私にもある。
管理者とは、人に好かれる仕事ではない。
時には、誰かの人生を左右する判断をしなければならない。
しかし、私が最優先に守るべきものは、一人のキャリアではない。
今日乗船している全員を、明日も無事に家族のもとへ帰すこと。
それが、私に与えられた責任である。