中東勤務中 バブー51歳です


ちょっと前の記事になりますが


カンボジアで久々にゴールド買いました


ちっちゃぁー 見えん 虫眼鏡 15,8000円ですよ!

あほくさ。。。

最近ゴールド結構下げてますが、そろっと自律反発するでしょうね


これで10,000ドル分くらいの現物ゴールド保有です

義母がもってるのだが、、、、余計に危ない気がするのは、僕だけか??爆笑

Goldは、75MAが200MAを既にデッドクロスしてるけど なんで???米ドル弱くなったからかにゃ?



人生はミルフィーユ 〜気づけば、多くの人に支えられていた〜(中編2/2)

(前半より続く)

ただ、子供たちにたくさんのことを教えてもらったと言っても、僕は決して完璧な父親だったわけではない。

間違いもした。

迷いもした。

そして、人生の大きな転機もあった。

2012年。

当時、僕はカタールで仕事をしていた。

日本の家族とシンガポールで待ち合わせをすることになり、僕は仕事の都合で1日遅れて合流した。

先にシンガポールへ行っていたのは、当時の妻と、13歳の娘、11歳の息子、そしてまだ幼い次女だった。

ホテルで合流して、家族の姿を見た時、ふと思った。

「あれ……この子たちは、もう僕がいなくても大丈夫なんだな」

それまでの僕は、本気で思っていた。

「自分がいないと、この家族は成り立たない」

そう思っていた。

でも違った。

僕が4週間仕事で家を空けている間も、家族はちゃんと生活していた。

子供たちは成長していた。

妻も、母親として家庭を支えていた。

僕がいなくても、家族は前に進んでいた。

そのことに気づいた時、不思議な感覚になった。

寂しさもあった。

でも同時に、嬉しさもあった。

「ちゃんと育ってくれているんだ」

そう思った。

---

ただ、その気づきが、その後の僕の人生に大きな影響を与えたことも事実だった。

自分の中にあった「家族を守る自分」というものが、少しずつ変化していった。

そして僕は、その後、間違った選択もした。

離婚という結果になった。

誰かを傷つけたこともある。

そこを綺麗な言葉で飾るつもりはない。

人生は、正しい選択だけを積み重ねてできているわけではない。

失敗もする。

迷うこともある。

でも、今振り返ると、その経験すらも今の自分を作る一枚の層になっていると思う。

---

子供たちは、僕に責任を教えてくれた。

そして同時に、「親である自分も一人の未熟な人間なんだ」ということも教えてくれた。

子供を育てていたつもりだった。

でも本当は違った。

子供たちが、僕を育ててくれていた。

完璧ではない父親を、それでも父親にしてくれていた。

それもまた、僕の人生に与えられた大きなプレゼントだった。

(後編へ続く)
人生はミルフィーユ 〜気づけば、多くの人に支えられていた〜(中編 1/2)

ここまで、自分を支えてくれた人たちのことを話してきた。

上司。

同僚。

部下。

そして、人生で出会った女性たち。

でも、もう一つ絶対に忘れてはいけない存在がいる。

それは、子供たちだ。

自分が初めて父親になったのは24歳の時だった。

正直、その頃の自分はまだまだ未熟だった。

責任という言葉の本当の意味も分かっていなかったと思う。

ただ、子供が生まれたことで、自分の人生に大きな変化が起きた。

---

子育てというのは、親が子供を育てるものだと思っていた。

でも、今振り返ると少し違う。

子供が、自分を育ててくれた。

そう思う。

子供は毎日、挑戦している。

昨日までできなかったことが、今日できるようになる。

仰向けで寝ていた子が、初めて寝返りをする。

ずりばいを始める。

立ち上がる。

歩き出す。

言葉を覚える。

幼稚園に行く。

小学校に行く。

一段一段、階段を上るように成長していく。

大人から見れば小さな出来事かもしれない。

でも、その一つ一つは子供にとって大きな挑戦であり、奇跡だった。

そして、その姿を見ていた自分が、何度も勇気をもらった。

「自分も頑張らなければ」

そう思わせてもらった。

---

子供がいることで、責任というものを教えてもらった。

自分だけの人生ではない。

自分を必要としている存在がいる。

そのことが、自分に力を与えてくれた。

もちろん、親として完璧だったわけではない。

失敗もあった。

間違いもあった。

でも、子供たちの日々の成長が、自分に大切なことを教えてくれた。

人は何歳になっても成長できる。

昨日できなかったことが、今日できるようになる。

それは大人も子供も同じなのだ。

---

幼稚園の先生の話を聞いたことも覚えている。

子供を通して、自分自身がもう一度、人として大切なことを学び直しているような感覚だった。

挨拶。

相手を思いやること。

周りと協力すること。

当たり前だと思っていたことを、子供と一緒にもう一度学んだ。

子育てとは、子供を一方的に育てることではない。

親もまた、子供によって育てられている。

今になって、そう思う。

---

自分はよく「運がいい」と言う。

そして、その運の中には、子供たちとの出会いも含まれている。

もし子供たちがいなかったら、今の自分とは違う人間になっていたと思う。

もっと自分中心だったかもしれない。

もっと周りが見えていなかったかもしれない。

子供たちは、自分に愛情を教えてくれた。

責任を教えてくれた。

そして、成長することの素晴らしさを教えてくれた。

だから、自分が子供を育てたと思っていたけれど、本当は逆だったのかもしれない。

子供たちが、自分を今の自分に育ててくれたのだ。

これもまた、自分の人生に与えられた大きなプレゼントだった。

(中編2/2へ続く)
人生はミルフィーユ 〜気づけば、多くの人に支えられていた〜(前編)

ふと、過去を振り返る時間があった。

今の自分を見ると、海外で仕事をして、それなりのポジションにいて、それなりの収入を得ている。

周りから見れば、「努力してきた結果」「自分の力で勝ち取ったもの」と言われるのかもしれない。

でも、自分自身が一番よく分かっている。

今の自分は、自分一人の力で作ったものではない。

本当に、ただただ運が良かった。

ここで言う「運」というのは、宝くじに当たったような話ではない。

人生の節目、節目で現れた人との出会い。

その人たちがくれた言葉。
その人たちがくれた機会。
その人たちが押してくれた背中。

それらが積み重なって、気がついたら今の自分になっていた。

人生とは、まるでミルフィーユのようだと思う。

一枚一枚は薄い。

でも、その薄い一枚一枚が何層にも重なることで、今の自分という形になっている。

---

若い頃の自分は、今とは全然違った。

人前で話すことも苦手だった。

小学生の頃なんて、電話に出ることすら怖かった。

「はい、もしもしバブ―です」

その一言が言えず、緊張して声が震えるような人間だった。

そんな自分が、今では海外で外国人と仕事をして、人前で話し、交渉までしている。

でも、自分が努力して変わったという感覚はあまりない。

きっかけはいつも、人だった。

好きになった女性。

応援してくれた女性。

怒ってくれた上司。

信じてくれた同僚。

教えてくれた部下。

そういう人たちが、自分の中に小さな自信を植えてくれた。

「大丈夫だ」
「やってみろ」

そんな小さな積み重ねが、いつの間にか自分を変えていた。

---

若い頃、仕事で失敗して上司に本気で怒られたことがある。

でも、その時に感じたのは悔しさではなかった。

ただただ、恥ずかしかった。

なぜ、そんなミスをしてしまったのか。

なぜ、ちゃんと確認しなかったのか。

なぜ、もっと考えなかったのか。

「なんで」
「なんで」
「なんで」

頭の中には、その問いばかりが浮かんだ。

怒られたことが嫌だったのではない。

自分自身が、もっとできたはずなのに、それをしなかったことが許せなかった。

その経験から、自分は反省ノートを作った。

なぜ失敗したのか。

次はどうすれば防げるのか。

同じことを繰り返さないためには何を変えるべきなのか。

それを考える癖がついた。

今の自分の「先回りして考える」という習慣も、もしかしたらあの時の上司からもらったプレゼントなのかもしれない。

当時はただ怒られた出来事だった。

でも何十年後の今、その出来事が自分を支える土台になっている。

人生には無駄なことはない。

それは綺麗事ではなく、自分自身が経験してきたことだ。

---

自分はよく「運がいい」と言う。

すると周りからは、

「いや、それはあなたに実力があったからですよ」

と言われることがある。

もちろん、そういう見方もあるのだと思う。

でも、自分の感覚は少し違う。

実力があるかどうかを決めるのは、自分ではなく周りの人間だからだ。

自分の仕事を良いと思ってくれる人がいた。

自分と一緒に働きたいと思ってくれる人がいた。

その人たちに恵まれた。

それこそが、自分にとっての運なのだと思う。

だから、自分はこう思う。

今の自分は、たくさんの人から渡されたプレゼントを、気づいたら抱えていた姿なのだと。

(中編へ続く)

元本を守ることと、生活を守ることは違う──僕が3,400万円を現金化した理由 


最近、ネット銀行の金利が1.2%になったという話を見る。みんな真剣に議論しているけれど、正直、「そんなに難しく考えることかな?」と思ってしまう。


 守るべきは通帳の数字より、自分や家族が今の生活を維持できるだけの購買力そのものだ。 


僕は中東で働いている。 

収入はそこそこあるけれど、仕事は地政学リスクと隣り合わせだ。


止まるときは本当に一瞬で止まる。


 だから今年3月、中東のいざこざ開始と共に、持っていた株も投資信託も、ゴールドすら全部売って、約3,400万円を現金にした。 


結果だけ見れば、「相場上昇分を取り逃したとしても、保険として現金を持つ価値があった」


だから、この4ヶ月間、僕は平穏無事に生きてる。


だって、僕はその現金で安心と時間を買ったから


僕には、カンボジア、インドネシアx2、日本と、それぞれ守るべき家族がいる。 


もし仕事がなくなって送金が止まってしまったら?


家族が途方に暮れる状況になる。


僕にとって、「自分の力で家族を支えられない状況だけは避けたかった」


 だから、そうならないために今できることは何かと考えた結果が、今の現金化。 


インフレで現金の価値が目減りしていくのはわかっている。


でも、それは平穏を買うための保険料だと割り切っている。


投資がどうこうというより、ただそれだけの話。 


僕のやり方が、誰かの参考になるかはわからない。


人には人の事情があるし、正解なんて一つじゃない。 


ただ、もし迷っている人がいるなら、自分にこう問いかけてみてほしい。 


「自分にとって、絶対に陥りたくない状況は何だろう?」 


僕の場合、その問いに対する答えが、全売却してキャッシュを持つことだった。 


面倒なことは嫌いだから、あとで困る可能性があることは、できる範囲で減らしておくだけ。


結局、僕にとって人生で一番大事なのは、何が起きても家族に飯を食わせ続けられる状態を作っておくことだった。


それさえあれば、あとは意外と気楽に生きていけるんだから。


チャッピーGEMINI君に何度も僕の考えを投げて、出てきた文章を比較して、修正して……。10回以上やり取りして、ようやく僕らしい文章に近づいた気がする。

……って言ったら、「いや、それお前が書いたんちゃうんかい」と突っ込まれそうだけど(笑)


中東勤務中バブー51歳です

現在 午後12時45分
ごろよく 45度でございますが、本日は風があり
意外と涼しい わけねーだろ!!
体感的には真夏に室外機の前で涼んでる感じ

上差し 明日は46度だってゲローゲローゲロー

で、最低気温35度。。。
夜になると湿気が一気に80%とかになります
体感的には真夏の日本 午後2時ゲロー


冬が待ち遠しい。。。。
今日は朝から そこら中のスマホが
一斉にビービービービー やかましいっちゅう〜ねん!
例のあれ、あれってなんやねん!
あれですわ ロケットロケットロケット 警報
3名怪我人でたらしい
当然、ヘリは飛んでません
クルーチェンジ またボートに逆戻りか????

もう十分、生きたと思えるから

最近、自分の最期について考えることが増えた。

日本では「少しでも長く生きること」が大切にされることが多い。でも、インドネシアやカンボジアで暮らしてきた僕は、少し違う景色を見てきた。

そこでは、人は自然に老い、自然に旅立つことを受け入れている人が少なくない。

もちろん、助かる命なら助けるべきだと思う。

でも、自分のこととなると話は別だ。

もし僕が倒れて、自分で身の回りのことができなくなったら、その時はもう十分だと思っている。

「まだ治療すれば何年か生きられるかもしれない」
そんな可能性はあるのかもしれない。

でも、僕はそこまでして生きたいとは思わない。

ありがたいことに、僕は本当に恵まれた人生を送ってきた。

日本だけでなく、インドネシアやカンボジアにも家族がいる。

妻たちがいて、子どもたちがいて、たくさん笑い、たくさん悩み、たくさん挑戦してきた。

普通の人の一生を二回分くらい生きたような、そんな満足感がある。

だから、「もっと長く生きたい」という執着はあまりない。

むしろ、最後は自然に任せたい。

苦しみを無理に引き延ばすのではなく、「ありがとう」と思いながら人生を終えられたら、それで十分だ。

だから子どもたちには、元気なうちに伝えておこうと思う。

「お父さんが自分で生きられなくなったら、無理に延命しなくていい。」

それは命を軽く考えているからではない。

人生に満足しているからだ。

残された家族が「あの時こうすればよかった」と後悔しないように。

僕自身の意思として、今のうちに伝えておきたいと思う。

中東はカタール勤務中バブー51歳です


7月7日から またもや怪しい中東情勢炎炎

ま、停戦協定した時から6月、7月にガチャガチャ始めるとは思ってたけど 案の上だよ〜


 だけど うちのクライアント所有のLNG船がイランに攻撃されたのは 良くないよな〜。


クルーの退船リストは毎日アプデしてるし 後はその時がくれば下船させるだけ


ただ今回は14名のクルーを残してウォームスタックになる予定


つまり 僕は下船しない ラッキーウインク


7月8日 ヘリコプターの飛行禁止 

クルーチェンジ予定だったクルーは帰国出来ず


7月9日 継続してヘリコプターの飛行禁止

 ただし、MEDIVAC 医療用緊急ヘリは運用中


こりゃクルーチェンジは、ボート船かなあせる


9月、10月には再度落ち着くんだとおもう

だって、中間選挙あるからね

で、議席数取れれば 本格侵攻するのかな??


うーん やはり無職リスクからは逃れられないえーん

おまけに つい先日年収230万カットされたばっかだしな マジおいおいって感じだよ


とにかく 今は投資せず ひたすら亀の如く耐えるのみ



中東勤務中バブー51歳です


ちょっと前の話しですが、超嬉しいハプニングが!


なっなんと 無償ビジネスアップグレード


これ金はらってアップグレードすると


20万円+


年間6往復するので 年間コスト240万


流石に無理だわ


フルフラットになりますが
疲れてて すわったまま 数時間寝ちゃたよ
お陰で首痛い

スクリーンもでかい

ビーフステーキ まぁ味は。。。

起こしてくれたらしいけど 起きれなくて
数時間後にサーブされた。。。

あーマジ幸せぇー


離婚間近、バブー51才です

 

久しぶりに資産表を見直してみました

 

現在、株、投信など、一切していない僕。

 

円ベースで表示しても、円安で増えるばかりなので

ドル表記に変えました

 

また、各家庭毎の資産表に切りかえました。

だって、他への流用不可だし、僕の資産と言うより

その家族の資産ですしね。

 

もう少しで6万ドル、今年末に7万ドルいけるか?

 

 

日本と海外資産比較

かなり、海外資産が積みあがっています。

 

ちなみに、海外資産は全拠点の合算です

 

離婚時には、ばっさりエクセル表から該当する家族の資産を削除してお終い

シンプルがベスト


2024年1月は、負債の方が多かった。爆笑