バスルームを改装するにあたって
私が重視するのは『手入れのしやすさ』。
「そこから考えると洗面台・浴槽・便器、
すべてモダン・シンプル・デザインが
一番なんじゃないかな。無駄な遊びがなく
拭き掃除が楽にできる感じで」
夫(英国人)は私に同意しつつも
実際に展示場やお店に行くと
『古き良き伝統のデザイン』みたいな
コーナーに引き寄せられてしまう癖があり
「この洗面台、いいと思いませんか」
その洗面台は遠目に見れば
それなりにシンプルな
立ち姿ではあるものの
よく見ると細部にはこれでもかと
手のかかった装飾が施されていて、
洗面ボウルというんですか、
あの水がためられる部分と
その周囲の平らな部分の境目には
ご丁寧に二重線のように
深い溝が掘られているし
左右二か所にある石鹸置場にも
ちまちました飾り彫りがしてあるし
もちろん蛇口もトラディショナル・スタイルで
支柱もハンドル部分も過剰なまでに
ぼこぼこ凹凸がついていて、
うん、わかる、これがある種の粋、
英国が世界に誇るスタイルの
完成形であることは理解できる、
しかし私にはこれは埃と水垢の
一大集積装置にしか見えないの・・・!
こんな蛇口、表面がすぐ曇っちゃうでしょ!
濡れた石鹸をここに置いたら
このきれいな飾り彫りには
石鹸カスがこびり付きまくるでしょ!
全体を彩る二重線状の刻みには
どうしたって水が
こぼれてたまって跡になるでしょ!
「ちょっとこれは・・・ほら、私の唯一の希望
『掃除のしやすいデザイン』からほど遠いし」
「そうですか?ほら、こっちの洗面台なんか
陶器の洗面台の下に鉄製の
手すりみたいなのがついていて
タオルを干したりできますよ。
すごく合理的なデザインじゃありませんか」
「うーん、でも私には別に洗面台の真下に
タオルを干したい衝動はないし、
かといってタオルを干さなかったら
そんな手すりには埃が積もるだけだし、
だいだい何だ、排水パイプ隠しのパネルにも
ご丁寧に飾りが掘りこまれているじゃないか、
これはもう徹底的に拭き掃除をしないと
どんどん汚れが溜まっていく恐怖のオブジェだぞ」
「でも君は今だって毎日
洗面台の掃除をしているでしょう?
手間は同じなんじゃないですか?」
「違う。全然違う。同じ毎日の掃除でも
すっきり平坦なモダン洗面台と
あちこちにデコボコした装飾のついた
トラディショナル洗面台では
掃除の面倒の度合いが段違いだ」
しかし私は浴槽選択において
夫の希望の鋳鉄浴槽を
選択から退けた過去を持つ立場、
洗面台のデザインは
夫の希望をかなえるべきかしら、
装飾過剰な洗面台ももしかしたら
思ったほどには手入れが
面倒じゃないかもしれないし・・・
ただ洗面台と浴槽と便器は
デザインを統一しようと思っているんだけど
この洗面台に合わせた便器は便器で
また掃除が大変そうなのよね・・・
なんでもこういうスタイルを
『ジョージアン様式』と呼ぶらしいけど・・・
そんな思いを綴ったメールを
東京に住む妹に送ったところ
「お姉ちゃん、インテリアのデザインが
何故進化し続けているか、それは
手入れの楽さを製造者と使用者が
日夜追及しているためなのよ。
溝の刻まれたお洒落洗面台は
絶対に手入れが大変。便器も同じ。
お姉ちゃんにジョージアン様式は無理」
やっぱりねー!
「そういうわけで申し訳ないが
君が希望するトラディショナル・スタイルの
洗面台・浴槽・便座は諦めよう。
だいたいそういうのって高いしさ。
安くても新しいデザインのものを買おう」
「でも妻ちゃん、安かろう
悪かろうって言うじゃないですか」
「大丈夫だ、そこまで安いものは選ばないから」
「でもねえ、妻ちゃん・・・僕、この
ジョージアン様式と呼ばれるデザインが
どうも非常に好きみたいなんですよ」
「それはわかる。その理由もわかっている。
これは君のお父様(白色シュレック、趣味:建築)が
お好きなデザインだ、そうだろう?
君の実家の客用浴室は
このデザインで統一されているものな」
「ええ。思えば僕は子供のころから
父にこのデザインの素晴らしさを
説かれて育ってきたんです」
「うむ、ジョージアン様式は素晴らしいよ。
実際とても美しいと思うよ。しかしな、
君の実家のあの浴室を誰が
掃除しているかというと、それは
君のお父上ではなくお母上だ」
「・・・僕の母もこういうデザインは好きですよ」
「君のご両親はよくお客を招くね。
10人近いお客が浴室を使った後に
石鹸置場がどんな様子になっていたか
ちょっと冷静に思い返してみたまえ」
「・・・でもお客はたまのことですし」
「夫よ、一事が万事だ。
こういう様式は同時の上流家庭向けに
デザインされたものだろう?
ジョージ王朝時代の上流家庭には
召使が存在した、そうだな?
これはな、そうした召使たちに
暇を与えないために考案された
スタイルなんじゃなかろうか。
家庭内にじゅうぶんな労力を
確保できるだけの資金力を
示すツール、それが
ジョージアン様式洗面台だったんだよ!」
な、なんだってー!
・・・我が家の洗面台・浴槽・便器は
お掃除しやすさが売りの
モダン・デザイン品になりました。
希望が通って嬉しい私です。
ジョージアン様式、なんというか
一見シンプルでありながら
よく見ると非常にデコラティヴという
お好きな人にはたまらんスタイルなんですよ
宿泊先のホテルの浴室がこのスタイルで
掃除が万全に行き届いていたら
それは私も大喜び間違いなし
ただ私は日々の日常生活で
そういう労力を惜しむ性質でございまして
鋳鉄浴槽やジョージアン様式インテリアを
美しく使い続けているの方のことを
心底尊敬する私です 自分には無理です
最近自分の限界を認めることに
抵抗がなくなってきた私に
それはいいこと?駄目なこと?
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