
統合失調症の人の喫煙と酸素療法について
内科クリニックやリエゾンで紹介される患者さんで稀に酸素療法を受けている人を診る。
酸素療法が必要な疾患は、COPD(慢性閉塞性肺疾患:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)と呼ばれるものが多い。COPDは、主にタバコの煙などの有害物質を長期間吸うことで気道や肺胞に慢性の炎症が生じ、呼吸がしにくくなる進行性の肺疾患である。
COPDは「肺気腫」や「慢性気管支炎」と呼ばれる病態が含まれるが、日本国内には530万人以上いると推定されている。しかし、実際に治療を受けているのはその一部(約22万〜38万人)に過ぎず、多くの人が治療を受けていないと言われる。
COPDは喫煙によるものが90%以上とされ、喫煙者が将来的にそれに至るリスクは約30%と言われている。
精神科外来に紹介される在宅酸素療法中の患者さんだが、どちらかと言うと、女性を多く診る印象だった。
一般に、タバコによりCOPDに至るリスク、および重症化するリスクは男性よりも女性の方が大きいと報告されている。日本国内の統計では男性の喫煙率が圧倒的に高いため、実際の有病者数や死亡者数は男性の方が多い。しかし近年の疫学調査や研究では、同じ喫煙量であっても、女性の方がCOPDを発症しやすく、重症化や死亡に至るリスクが高いという性差(感受性の違い)が明らかになっている。
この理由は1つは解剖学的な性差による。女性は男性に比べて肺が小さく、細気管支(気道)が細くて数が少ないため、同じ量の煙を吸い込んだ場合でも有害物質の濃度が上がりやすく、肺の深部にまで達しやすい。また呼吸(タバコの吸い方)の相違があり、男性は胸とお腹(腹式)を分割して吸引する傾向があるのに対し、女性は主に胸郭(胸式)で吸引するため、有害物質の吸収に影響を与えている可能性があると言われる。
他、生物学的な感受性の差がある。有害物質の代謝能力や気道過敏性が男性と異なるほか、女性ホルモン(エストロゲン)の代謝阻害や、DNA修復機能の違いなども影響していると考えられている。 このように、タバコの煙に対する肺の脆弱性は女性の方が高いため、喫煙による健康被害はより深刻になりやすいとされている。
今回は、特に統合失調症の外来患者さんは喫煙者が多いのに対して、男女ともほとんどCOPDにならないことを取り上げたい。
統合失調症の数十年単位の長期入院患者さんは、精神科病院内が完全に禁煙か、喫煙可能としても本数がかなり制限されていることがあり、COPDを発症しないのは理解できる。
ところが単身でアパートなどで暮らしている人たちは、訪問看護などで指導したとしても、喫煙本数がかなり多い人がいる。多い人で1日40本クラスである。喫煙本数は、本人の収入(主に障害年金とA型事業所での給与)などが最も影響するので、むしろ家族と一緒に暮らしている人の方が経済的に余裕があり、多くの本数を吸える傾向がある。
かつて、このようなヘビースモーカーの統合失調症の人がCOPDを発症し在宅酸素療法が必要となれば絶望的状況になると懸念していた。どのような懸念かというと、その統合失調症の人の病状のレベルにもよるが、在宅では酸素療法の機器の扱いが上手く出来ないとか、火災などのリスクも高そうに思うからである。
ところが、臨床経験的に酸素療法に至った統合失調症の人が1名もいないのである。
かつて転院してきた70歳くらい男性は既に酸素療法を行なっており、診断も統合失調症であったが、病歴を見ると定年まで企業で働き、65歳くらいで発病したとされていた。明らかに誤診で普通65歳で統合失調症は発症しないので、操作的にそのように病名をつけられたに過ぎない。
少なくとも、統合失調症の人はかなりの喫煙者であっても滅多にCOPDに至らないようには見える。
その統合失調症とされる男性は、病状が重すぎて在宅で酸素療法を継続することが困難であった。そのため精神科に紹介され入院したのである。
余談だが、かつてSpO₂を簡易的に測定出来るパルスオキシメーターは非常に高価な医療機器だった。初めて病院で購入した時、なんと16万円くらいした記憶がある。今は新型コロナパンデミックがあったこともあり、市販品もかなり安価になっている。
なお、パルスオキシメーターの基本原理を発明したのは、日本の技術者である青柳卓雄さんである。1972年、日本光電工業の技術者だった青柳卓雄さんが心臓の拍動(脈拍)に合わせて動脈血の容積が変化する現象を利用し、採血をせずに血液の酸素飽和度(SpO₂)を連続測定する原理を発見。1974年に日本で特許を出願し、1975年日本光電が世界初となる耳たぶ測定型のイヤオキシメータを発売している。(現在仕様の指先で測定するパルスオキシメーターはミノルタが開発し商品化している)
最初、パルスオキシメーターが病院に納入された際、入院患者さん全員のSpO₂を測定してみた。女性患者さんの一部にSpO₂が92前後に低下している人がおり、本人は呼吸苦を訴えていなかった。その状態に慣れていたのだと思う。
喫煙量が多い統合失調症の人たちは、肺へのタバコなどの有害物質の曝露に対し、健康な人に比べ強いとしか思えない。
おそらくなんらかの生物学的背景、特に白血球やリンパ球など免疫系の働き方が、健康な人に比べ、統合失調症の人では異なっているのだろう。
参考