
僻地の精神科病院の苦境について
精神科病院の入院患者数が減少し、次第に多くの病院が経営的苦境に陥るだろうという見通しの記事を過去に何度かアップしている。今回は特に都市部から離れた僻地に立地する精神科病院の話。
たまに秘境にある旅館に宿泊することがあるが、よく思うことは、「このような僻地に良い料理人が来てくれるのだろうか?」と言う疑問である。
それでも、その旅館が僻地にあってもそこそこ大きい市町村(人口5万人くらい)が近くにあるかどうかで全然違う。30〜40km以内くらいにその市町村があれば通うこともできるので、まだ良い料理人が来てくれる可能性がある。それは家族と一緒に住み、自宅から通うことも可能だからである。
それを超えた秘境のような立地だと、プロフェッショナルな料理人などいないので、普通に田舎のおばちゃんが料理を作っている。その結果、しばしば食材を台無しにした料理を出されることになる。
笑い話ではなく、生きた伊勢海老や鮑を料理したがために、こちらが残念に思ったことは何度もある。あれなら何もせず刺身の方がずっと良かった。しかし刺身ばかりというわけにもいかないのが難点である。
これと同じような事態が僻地の民間精神科病院で普通に起こっている。精神科医はいない、看護師はいない、補助看護師さんはいない、という三重苦である。入院患者さんもいないと言う四重苦でもある。その地域が人口減少し、働ける人も減っているのに当たり前である。
ここ20年くらいで日本人が田舎に住みたがらない傾向が一層強くなっていると思う。従って、医師の都市部への偏在も起こりやすいし、精神医療に限らず、僻地の医療インフラを整えることは一層困難になりつつある。
医師が田舎に住みたがらないのは、1つは子供の教育の問題がある。研修医制度や医局の力が衰えたことも関係している。医師のマインドとして、とてつもない田舎で若い時期の数年を過ごすことは人生の損失と考えることもある。
僻地は今後更に人口が減少し、医療だけでなく、道路、水道、電気、通信などのインフラを維持する国の経済的余裕もなくなっていくのでは?と思う。
医療法で定められた最低限の人員配置標準(医師や看護師など最低限必要な人数)を満たしていない病院を標欠病院と呼ぶ。ずっと以前は、東北地方に標欠病院が相対的に多いと言われていた。標欠病院は診療報酬的にペナルティが課せられるが、真に廃院になるかと言うと、その地方の大きな医療インフラではあるので、なんとか生存していた、させていたと言うべきか。当時、東方地方に多かったと言うのは、多分そう言うことなんだろう。
しかし、長期入院の高齢の統合失調症の患者さんが概ね亡くなってしまう時代、今はまさにそれに近いが、僻地の精神科病院は入院患者数を大幅に減らすか、思い切って廃院するかどちらの選択を迫られるであろう。
近い将来、そうならざるを得ない状況にある。
現在、真に人口が増えている大都市は日本国内には僅かなので、多くの地方都市の精神科病院も、やがて同じような苦境に陥ると思われる。
現在のほとんどの統合失調症の患者さんは、長期入院などしなくても良い時代である。
また、統合失調症以外の精神疾患の患者さんを集めても、現在の病床数を充足することなど到底無理と言うことももちろんある。