こんにちは、ROKOママです![]()
HSC、感覚過敏強めの兄弟を育てています![]()
息子二人は不登校で時々放課後登校や フリースクールに通っています。
二人をサポートする私もHSP![]()
そんな二人と私の日常やアスペルガーのパパと過ごした日々の事、感覚過敏への対応など綴っています![]()
どうぞよろしくお願いいたします![]()
*このブログでは大人の発達しょうがいについても書いていますが、あくまでも我が家の場合であることをご了承くださいませ![]()
長男のこと
昨日、長男の中学校の先生がお電話をくれました。
時々様子の確認や連絡事項でお電話をいただくのですが
フリースクールをお休みし始めてから
長男の心身を気に掛けてくださってて様子確認のお電話でした。
丁度、母の手術が終わったという連絡を姉からもらい
ホッとしたところで着た先生からの電話。
中学校には母のことは伝えていなかったのですが
「実は…」
と私は先生にお話しをしました。
3月に母に病気が見つかったこと。
動揺する私や弟の中で
「今は悲しんでいる時じゃないよ」と励ましてくれて
どんな食事が良いかなどネットで調べてくれていた長男。
スーパーに行くとヨーグルトや母の好物を見つけ
「帰りに寄ろうね」と籠に入れてくれた長男。
きっと同じくらい不安で心配だったことでしょう。
もしかしたら取り乱すのでは??と気に掛かっていたものの
「俺ができることをする、それがおばあちゃんを安心させるんだ」
とフリースクールに行ったり中学校の行事に行ったりし
その姿を母も逞しい、と喜んでいました![]()
先生にその姿を伝えると
「頑張っていたのですねー」と寄り添う言葉をくださいました。
そして、私は続けます。
無い方が良い経験ではあったけど
長男にとってマイナスだけの経験では無かったと思える、と。
5年生の時、心身を一気に怖し
死にたい、殺してくれ、とパニックの中で叫んでいた長男。
ふとした時に
「何で生きているんだろう。
生きる意味って何だろう」
とこぼすこともあり…
ありがたいことに大きな病気や入院などの経験が身近に無かった分
生きる意味も病気の怖さも向きあう機会は少なかったのです。
もちろん、それが一番。
日常が幸せ、なんて思えるのは歳を重ねてからですしね。
予防注射に行くくらいの病院。
「かかりつけ」なんてない位、病院とは無縁でしたが
その分、「注射をするお医者さんは敵だ!!」
位に感じて生きていたことも確か![]()
そんな中で、母の病気を早期に発見してくれた先生。
検査で詳しく調べてくれる人、
不安な母に優しく説明してくれた看護師さん、
色々な話を聞くことで長男の中に
医療従事者の方への感謝の気持ちが産まれてきていました。
そして、面会で初めて行く大きな総合病院。
「うわぁ、迷路みたい。
こんなに診察が必要な人が居るんだね‥」
そっと呟きながら進んでいく病院。
数回通る厳重な警備員さんの前…
自動ドアをインターフォンで開けてもらうとやっと母の居る病棟に到着です。
ラウンジで母を待つ間も
車いすの方、
点滴をしながら歩く方、
そこに寄り添う看護師さん。
ジッと様子を見る長男。
そして母が来ました。
笑顔も元気も変わりないものの見慣れない病院のパジャマ。
それでもいつものように母と長男は
「元気になったらここに行こうね」「これを食べようね」
と話をし笑顔で手を振り別れました。
たった15分の面会。
手術の日、
長男は家で時計を見ながら
「始まったかな」
「今頃麻酔効いてきたかな」
とずっと時間を追っていました。
家族の待機室に行くには人数制限があり
もどかしい時間を自宅で一緒に過ごしていたのです。
「それにしてもさ…
何時間も手術するお医者さんて凄いよね…」
「怖くないのかな…」
自分の手に人の命を預かる仕事。
長男にとって痛い注射をする敵のようなお医者さんは
大事なおばあちゃんを直してくれるヒーローのような存在になったのでしょう。
手術の終わりの連絡を聞き、わたしも子どももホッと安堵したのでした。
そんな中で担任の先生からの電話だったので
長男の様子、気持ちの変化をお伝えしたのでした。
そして電話の後、
フッと思ったんです。
そう言えば、今回のことで長男の口から後ろ向きな言葉って出なかったな…と。
母の手術の日、連絡係だった私は
母の姉であるおばさんたち数人に電話をし
「おばちゃん、今手術が始まったからね」
など伝えていました。
そうすると、おばさんたちからは
「何でこんな病気になっちゃったんだろうねぇ」と言われたり
「もっと早く見つからなかったの…」と泣かれたりしたんです![]()
同じ気持ちですし、何百回も私も心で思いました。
それでも、することのなかった検査をたまたましたことなど
奇跡の中で見つかったのですから
掛かり付けの先生に感謝してるの、そういう母の気持ちに寄り添うことにしたのです。
でも、そう言えば、長男からはそういう後ろ向きな発言が無かったと気づきました。
どちらかというとネガティブ思考で(笑)
何でこうしたんだろう、
何でこっちを選んだんだろう…
何でおれはこうなんだろう・・・
と思いがちな長男。
でも、今回は
「早く見つかってよかったよ」
「手術できるならだいじょうぶ」
「今は落ち込んでる場合じゃないよ」
「おばあちゃんが元気になったらみんなでこれをしたいね」
そんな前向きな言葉を並べてくれていたのです![]()
母の病気を軽視しているとか
心配していない、ではなく私を思ってなのでしょうね。
母の病気が解った日、
もっと詳しく解るまで子ども達には言わなくてもいいよ、と母に言われたものの
何をしてても涙が溢れてしまい隠すことができず
私は全部を子どもたちに伝えました。
その時の私の落ち込みを見て
きっと自分がしっかりしないと、と思ったのでしょう。
「ママにとっては自分のお母さんが重い病気見つかった、ってことでしょ?
俺だったら、ママに病気が見つかったってことだもん辛いよね」
そう言って寄り添ってくれた長男。
その姿に支えられて立ち直り母をサポートすることができている私。
無い方が良い経験ですが
今回の出来事は私にとっても長男にとっても
【生きる】とか【生きてる時間の使い方、考え方】など
大きなことを教えられる時間でした。
母が帰宅するまではまだ少し掛かりますが
大事な人との時間が無限ではないことも知った今、
大切にすごしていきたいなぁと心から思うのでした![]()
読んでいただきありがとうございました![]()