こんにちは、ROKOママですニコニコ

 

HSC、感覚過敏強めの兄弟を育てていますラブラブ

息子二人は不登校で時々放課後登校や   フリースクールに通っています。

二人をサポートする私もHSP汗うさぎ

そんな二人と私の日常やアスペルガーのパパと過ごした日々の事、感覚過敏への対応など綴っています音譜

どうぞよろしくお願いいたしますラブラブ

 

*このブログでは大人の発達しょうがいについても書いていますが、あくまでも我が家の場合であることをご了承くださいませニコニコ

 

 

 

パパのこと 

 

 

この季節、思いだして胸がギュッとなるのが

長男が1年生の時の冬休みのお話しです。

 

 

以前もしましたが

入学直後から登校不安定になった長男。

 

なんとか行ける時間だけ半ば無理やり連れて行っていましたが

それでもパパは納得できず…泣

 

長男へのあたりが日増しにきつくなっていたのでした。

 

冬に入るころにはそのパパの言動のキツさ、

登校に追い込まれた長男は心身を壊してしまい

夜驚症になったり、不安症になったり

精神科受診を視野に居て予約を取るほどに追い込まれていましたショボーン

 

 

当時の小学校の校長先生が

何度もパパや祖父母ぼ交えて面談をしてくれたものの

「学校に行かない」

という長男の心、

「行きたいけど行けない、辛い」

という長男の心はパパには理解してもらうことはできませんでした。

 

 

本来なら元気に学校に行くはずの子どもが

自宅に居る、その事実がパパの常識から大きく外れていて

ゆるせない、そんな方程式が成り立ってしまっていたのでしょうダウン

 

 

冬休みに入るときには私とパパ、パパの弟さんも校長室に呼ばれ

 

「ここまで追い込むのはもう虐待だと認識します」

とはっきり言われたパパ。

 

それでも落ち込んだり悲しんだり、逆に怒り狂うこともなく

何処か別の人の家庭の話を聞いているような姿でした。

 

そして

「冬休み、負担にならないように上手く距離を取って

長男君の心を休ませてあげましょう」

とアドバイスをもらって帰宅したのです。

 

 

が、その年、私の実家は【喪中】でした。

 

父の母親が亡くなり実家も喪中、ということで

いつも通りお正月をしている我が家は出入り禁止。

 

こういう習慣て全国共通ですかね?

喪中のお家に松飾りをしている家の人は入っちゃダメ。

 

逆も同じ。

 

なので、私たちはその年、年始からお正月飾りを外すまでの間は

実家に行くことができませんでしたアセアセ

 

 

虐待、といわれるほど長男にだけキツク当たるパパ。

 

そのパパと年末年始、ずっと一緒はきつい。

でも頼みの綱の実家に行くことも出来ない。

 

パパは実家に手伝いに行く程度でわざわざ距離を取ろうとはしない…

 

 

悩んだ私はパパに

「校長先生のお話しのようにずっと4人だと

お互いに気持ちが辛くなるだろうから

私と子どもたちで関東のおじさんの家に一泊してくるね」

と伝えました。

 

少しでも離れる時間が欲しい、

 

 

わかった、というパパの言葉を聞いてすぐ新幹線を取りました。

 

 

長男のことはもちろん、

毎日パパの機嫌を伺い

パパの言動に冷や冷や、モヤモヤすることに私も疲労困憊だったから泣

 

 

1年生と年少さんの子どもたちを連れ逃げるようにおじさんの家に行った私たち。

 

 

おじさんの家では優しいおじさん、おばさん、従妹家族と共に

温かい時間を過ごさせてもらった私たち。

 

帰りの時には長男は

「帰りたくない」とポロポロ泣いていました。

 

大好きなおじさんと離れる寂しさはもちろん、

帰宅して待っている現実も解っているのでしょう泣

 

 

「駅に迎えに行く」

と連絡をくれたパパでしたが

ついて車に乗り込んでも

「おかえり」もありませんでした。

 

「何か食べて帰ろうかあせる」と聞いても無視。

 

でも近くのファミレスに車は向かい中に入っていくパパ。

 

その後も二コリ、ともせず会話もなく

 

(迎えに来なくて良かったのに泣)と思うほど笑い泣き

 

 

でも、パパの怒りはそれだけではすみませんでした。

 

その日からドアの開け閉めは全力!!

 

【ばーん】としめ、

通りすがりには壁をバーン!

 

 

3人で遊んでいれば

 

「はい、はい、どうせパパはいりませんよね!!」

 

と捨て台詞で部屋から出ていき、

私の用意した昼食も食べす…

 

 

子ども達も

「パパ、怒りすぎて疲れる」と嘆くほど。

 

もちろん、関東のお土産も投げられました。

 

 

パパにとっては

自分の言動が招いたこと、ではなく

私に仲間外れにされたこと、という認識しかなかったのでしょう。

 

 

どこにもいけす、パパの年始の仕事がは始まるのを

必死に待ち続け

学校が始まると同時に校長先生にSOSを出した私。

 

今となればそんな家庭の事でSOSを出す相手も違っていたかもしれませんし

色々な職の経験がある校長先生だからこそ

虐待、児童保護などについての知識で私たちを守ってくれたのだと感謝しています。

 

 

 

結果的に、それを切っ掛けに父子分離を物理的に行っていく流れになったのですが

その時SOSを出せずにいたら

そのまま4人で我慢の日々だったら

今頃私や子どもたちはどんな心身状態だったかと思うと

本当に怖いです泣

 

 

そして、どうか同じような状況にある方が居たら

しっかりSOSを出してほしいと思いますし

それへの対応もしていただけたらと願うのでした。

 

 

読んでいただきありがとうございましたニコニコ

 

楽天市場

【アクティビティジャパン】遊び・体験・レジャーの予約サイト

 

 

【EXETIME(エグゼタイム)】旅行カタログギフト