皆さま、こんにちは!
今日は8年前に訪れた長良川鉄道越美南線から
相生(あいおい)駅の訪問記です。
国鉄時代の昭和4年に開業、
昭和61年に第三セクター化された駅でしたよ。
「相生駅」と聞くと大方の人は真っ先に
兵庫県の相生駅を思い浮かべるのではないでしょうかね?
あちらは山陽新幹線、山陽本線、
赤穂線の列車が発着する主要駅でした。
規模が違えど、国鉄駅の中で
「相生駅」を名乗る駅が2つもあっていいのか?
と思いましたら、
こちらの相生駅は国鉄時代は
美濃相生(みのあいおい)駅を名乗っていたとのこと。
第三セクター化に合わせて現在の駅名に改称されたそうです。
現在は無人駅に変わりましたが、
昭和49年までは駅員配置駅で
貨物の取り扱いもあったそうですよ。
第三セクター化される直前までは
国鉄時代の木造駅舎が使われていたらしく…
その頃に相生駅を訪ねたかったなぁ。
今ある駅舎、
一見した感じは木造駅舎っぽいですが
実は近代的なモルタル製です。
規模が大きかった旧駅舎の基礎(矢印の先)が
わかるカタチで残されてました。
駅前に聳え立ってる大樹は
駅が開業した時に植樹されたモノなのかな?
駅舎が小型化されたために
大樹は今は駅前のど真ん中にありますけど、
国鉄時代の駅舎だった頃は
駅舎の真ん前にありました。
駅舎を覗くと、待合室は意外に狭い印象です。
それもそのはずで、
駅舎の半分近くが駅便(駅の便所)のスペースに割かれてました。
長良川鉄道の無人駅は駅舎や駅便が無い駅が多い中で、
相生駅の装備は立派だと思いますが、
観光客の需要もあるってことなのかな?
観光案内の看板によると
郡上温泉「宝泉」までの距離は1.5キロほどで
ここが最寄り駅ですけど…
温泉は今月、8月1日を最後に営業を停止。
温泉を併設していた「ホテル郡上八幡」が
2年先までの予約が入っていたのに突如営業を停止、
破産したことは全国ニュースにもなりました。
1つ前のブログに載せた「ウェスパ椿山」もですけど
コロナ禍がホントに憎いです。
続いてはホームにイン。
相生駅は単式ホームがあるだけの
棒線構造の駅でした。
さてさて、先にも書きましたが
相生駅は昭和49年に無人化されるまで
貨物の取り扱いがありました。
駅ファンとして気になるのは、
貨物の荷役作業を行っていた場所です。
今あるホームでそれをやれば
旅客列車の運行に支障が来すことは必至ですから。
狭い構内ですけど、
貨物ホームや側線があったことは間違いありません。
こんな時に頼りになるのが
古い航空写真が掲載されてる国土地理院のサイトでした。
昭和49年撮影の航空写真に
貨物側線らしき線路が写ってましたよ。
赤い矢印の先にご注目ください。
今ある単式ホームの裏側に線路が伸びていて
その先に倉庫らしき建物があるのがわかりますよね。
おそらくこれが貨物に荷役作業を行っていた
側線ではないかと。
駅の構内と相生小学校の間に貨物ホームと
そこに繋がる道路があったと思われます。
以下はその場所の現在の様子です。
手前側に見えるアスファルトを強いた場所に
貨物側線があったのではないでしょうか?
よくみると境界標らしきモノも写ってますね。
貨物の取り扱いがあった頃は
こんな感じで貨車が留置されてたのではないでしょうかね?
貨車はあくまでも想像です。
それともう一か所、
駅舎の北側にも側線があったはずです。
下の画像の手前側に注目くだされ。
コンクリート製の突起物が見えるでしょうか?
実はこれ、側線の終端にあった車止めなのです。
昔はこの手前側まで線路が伸びていたと思いますよ。
相生駅の貨物の取り扱いが廃止されてから
50年近くが経過しますが、
痕跡は意外に多く残っていると感じました。
相生駅に来たなら駅前の風景にも注目です。
袖壁を持つ家屋は
郡上八幡の職人町や鍛冶屋町のモノが有名ですけど
ここにもありました。
昔の駅前通りはもっと幅広だったのではないでしょうかね?
43キロと駅舎を一緒にパシャリと。
最後はホームで見た景色で〆ます。
国鉄路線を引き継いだ第三セクター路線の駅は
JRの駅よりも国鉄の遺構を残してるケースが多いです。
相生駅もそんな駅のひとつでしたっけ。
…以上、山間の景色が心地よくて
いつまでも時間が過ごせちゃう相生駅でした。
ただし駅ファン限定!
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