離婚裁判の厳しい現実に、

 私は打ちのめされていた。

 

なにも解明されないまま、

納得がいかないまま、

進んでいく裁判に絶望していた。

 

 

夫婦の財産の全容がわからないまま、

 これからどうやって和解の話し合いを 

進めていくのだろうか。

 

 

 

 

雪がちらほらと舞い落ちる夕方。

 

白い息を吐きながら

夕飯の買い物をするために、

私は久しぶりに、街の商店街に足を向けた。

 

私はふと、

一軒のベーカリーの前で立ち止まった。

 

ガラス張りの店内にいたのは、

美織だった。

 

美織は大学入学と同時に、

このベーカリーでのバイトを始めた。

 

 

 

「恥ずかしいから見に来ないでね」

 

美織が照れくさそうに

そう言った。

 

「でも、お母さん、

美織が働いているところ見てみたい」

 

「ダメ、お母さんに見られてると思うと

おつり間違うと悪いから」

 

そんな会話を思い出した。

 

 

 

初めて見る働く美織は、

店の名が入ったエプロンをつけ、
帽子をかぶり、

背筋を伸ばし、満面の笑みでレジに立っていた。

 

パンを袋に入れると

レジを打ち、お釣りを渡す。

 

「ありがとうございました」と口が動いて

深々と頭を下げていた。

 

あの美織が一人前に仕事をしている。

 

涙が出た。

 

 

 

中学2年生で私の不注意から

美織は夫の不倫の全容を知った。

 

それから2年間、

じっとその事実を一人で抱え込んでいた。

 

大事な大学受験でも

進学費用を出さないという夫と義父に

嫌な思いもした。

 

 

 

 私は自分が美織の年の頃のことを

考えることがある。

 

友達と、学校と、部活とアイドルと、

そんなことに夢中で

今思えばキラキラとした時間を過ごしていた。

 

 

でも、美織は……。

 

 

それでも彼女は前を向いている。

笑顔で前を向いている。

 

夫に言われた通り、

毎日のようにバイトも頑張っている。

 

 

この4年半、美織が夫のことに関して、

文句や愚痴を言ったことは一度もない。

 

 

すごいな。

 

 

 

もし、私が美織だったら

こんな風に前を向けただろうか。

 

家庭に起きたあんな出来事を乗り越えて。

 

 

 

 一度しかない、

キラキラした青春の大事な時期に、

影をおとした親の責任は大きい。

 

確かに、
この20年、私の知らないところで

なにが行われていたのか、事実を知りたい。


一億円の行方がわからないのではなく、

そもそも一億円という財産が、
存在したのかどうかさえ
今ある資料では証明できない。

 

 

裁判所も、結城弁護士も、
もう和解に進んだほうがいいと考えているのだろう。

ならば、それが最善なのだと信じよう。

 

固執して立ち止まってしまっては、
前には進めない。

 

 

生きていくのにお金は大事だ。

だが、一番大事なものはお金ではない。

それは確かだ。

 

私の目標は、

夫から、一円でも多くのお金を手にすることではない。

 

この子たちの、

未来に輝く健やかな笑顔を守ることだ。

 

それが私の目標であり、最優先事項。

 

私は、いつまでも落ち込んでいられない。

私には責任がある。

 

 

まだ戦いは終わってはいない。

前を向こう。
私はそう決めた。

 

 

 

 

 

 

※本作品はフィクションです。
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