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40代で結婚した晩婚子なし夫婦の東京下町ライフをゆるく書きつづっています。

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美輪明宏さんがお亡くなりになりました。

 

 

若い頃の美輪明宏さんはとても美しく、作家の三島由紀夫が夢中になっていたそう。

二人はどんな関係性だったのか、AIに聞いてみました。

 

三島由紀夫と美輪明宏(当時は丸山明宏)の関係は、昭和の文化史において極めて美しく、また強烈なスパークを発した「美の同志」であり「生涯の友人」でした。


1. 衝撃的な出会い:銀座の喫茶店にて

二人の出会いは1952年(昭和27年)、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里(ぎんぱり)」でした。当時17歳だった美輪さんは、その圧倒的な美貌と才能で、若き天才歌手として注目を集めていました。

 

すでに作家として名声を得ていた三島(当時27歳)が店を訪れ、美輪さんに対して「君、可愛いね。お茶でも飲まないかい?」と声をかけたのが始まりです。しかし、美輪さんは三島の誘いをにべもなく断りました。

この、大人を小馬鹿にしたような、媚びない態度に三島はいたく感銘を受け、「大した生意気な小僧だ」と一目で気に入ったと言われています。

 

2. 天才作家と「美の絶対者」

三島は美輪さんの美しさと、何者にも屈しない精神性を絶賛していました。

三島は当時の美輪さんをこう表現しています。

「天上界の美だ。この世の欠点(シミやシワ、醜さ)が一切ない」


三島にとって美輪さんは、自らが小説の中で描き続け、追い求めた「完璧な美の具現化」そのものでした。


二人は頻繁に食事を共にし、芸術、文学、美学について夜通し語り合う仲となりました。

 

3. 伝説の舞台『黒蜥蜴』での共演

二人の芸術的結晶とも言えるのが、江戸川乱歩原作、三島由紀夫脚本の舞台『黒蜥蜴(くろとかげ)』(1968年)です。

 

三島は、女盗賊・黒蜥蜴の役は美輪さん以外に考えられないと熱望し、美輪さんのために脚本を書き下ろしました。 この舞台は大ヒットとなり、美輪さんの代表作となります。

劇中、三島自身が「生人形(人間剥製)」の役としてカメオ出演し、美輪さん演じる黒蜥蜴にキスをされるシーンは、今もなお伝説として語り継がれています。

 

4. 割腹自決、そして最後の別れ


1970年11月25日、三島由紀夫は市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で割腹自決(三島事件)を遂げます。

そのわずか数日前、三島は『黒蜥蜴』の楽屋に、抱えきれないほどの大量の深紅の薔薇(バラ)の花束を持って美輪さんを訪ねていました。三島はこう言ったそうです。


「丸山君、ありがとう。僕の生み出した黒蜥蜴の中で、君が一番美しかったよ」


普段、三島がそんな感傷的な言葉を口にすることはなかったため、美輪さんは違和感を覚えたといいます。そして自決の報を聞いたとき、あの薔薇が「この世の別れの挨拶」だったのだと気づきました。

美輪さんは後に、「あの薔薇の色は、三島さんがこれから流す血の色だったのね」と回想しています。

 

 

三島由紀夫にとって美輪明宏は、自らの美学を理解し、体現してくれる唯一無二の「ミューズ(美の女神)」であり、美輪さんにとっても三島は、自分の本質を見抜いてくれた最大の理解者でした。

 

恋愛関係を超越した、「美」という宗教を信仰する者同士の、魂の結びつき。それが二人の関係だったと言えます。

 

美輪明宏さんが「丸山明宏」から「美輪明宏」に改名した背景には、

三島由紀夫の死、そしてそれに伴う凄絶な体験と心境の変化が深く関わっています。

 

改名に至るまでの経緯と、そこに込められた意味を紐解くと、当時の美輪さんの苦悩と決意が見えてきます。


三島の死による精神的ショックと「霊感」の開花

1970年11月に三島由紀夫が自決した際、美輪さんが受けた精神的ショックは凄まじいものでした。

 

唯一無二の理解者を失った哀しみだけでなく、当時の美輪さんは「三島の生霊や、割腹自殺の生々しいビジョン」が視えるようになってしまったといいます。

 

霊現象や幻聴に悩まされ、心身ともに限界を迎えた美輪さんは、一時は精神科への入院を考えるほど追い詰められました。

 

霊能者・神代天照(くましろ てんしょう)との出会い

ノイローゼ寸前だった美輪さんを救ったのが、当時高名だった霊能者の神代天照(くましろ てんしょう)氏でした。

 

神代氏は美輪さんを診るなり、こう告げました。

「あなたには大変な霊能力がある。しかし、現在の『丸山明宏』という名前の姓名判断の画数が強すぎて、あらゆる霊的な障りやマイナスのエネルギー(三島の死のショックなども含む)をすべて引き寄せてしまっている」

そして、これ以上「丸山明宏」の名前を名乗り続けると、命に関わる、あるいは精神が崩壊すると告げられ、改名を強く勧められたのです。

 

「美輪明宏」への改名(1971年)

三島の死から翌年の1971年(昭和46年)、心機一転と魔除け(厄払い)の意味を込めて、芸名を「美輪明宏(みわ あきひろ)」に改名しました。

 

この「美輪」という名字には、以下のような意味が込められています。


  • 「美」:生涯をかけて追求する「美学」の美。

  • 「輪」:調和、円満、そして仏教における「輪廻(りんね)」や神聖な光の輪。


本名である「丸山」を捨てて「美輪」となったことで、姓名の画数のバランスが劇的に改善され、それ以降、美輪さんは精神的な錯乱から脱し、霊的なコントロールができるようになったそう。

 

壮絶な体験を経て、悟りを開いたような境地にたどり着いたのですね。

 

美輪さんはたくさんの名言を残していますが、

特に私の心に残っているのがこちらの言葉。

 

 

親しい関係だから何でも話せばいいわけではなくて、

何を話さないかがとても重要らしい。

 

確かに私はリアルな友達と会う時に、お金の話や自慢、惚気など話さないように気をつけてます。

 

ただ、ブログでは婚活の成功体験など書き綴ってきました。

だから、結構アンチも湧いたんですね。

 

ただ、嫉妬されそうなことをすべて排除したら

ブログに書くことがなくなってしまうんですね。

 

どこまで書いていいか、とても悩むけど

ただの日記や自己満で終わらないような記事も書けたらいいなと思う。

 

これは、美輪明宏さんの訃報後にYoutubeで見つけた動画です。

 

 

私はこの言葉を知らずに結婚したけど、

美輪明宏さんが言う、幸せになれる結婚相手にたどり着くことができたんですよね。

 

最後のほうで美輪さんは、恋愛のときめきや激情に流されると

見せかけだけの男に惑わされると仰っていて。

 

まさにそれは、長年婚活でしくじってきた私。

結局、最終的に相手のヤバさに気づいて縁を切れて、夫と結婚できてよかったです。

 

夫の顔を見てもドキドキしないけど、安心感がある。

このまま、老後までずっと一緒にいれたらいいなと思う。

 

ただ、私にその資格があるからですよね。

 

夫は優しくて滅多に怒らないけど、私はイラっとするとブチ切れることがありますムキーッ

 

結婚したらゴールではなくて、円満な関係を築いていくために、

日々、感謝と思いやりの心を忘れずにいたい。

 

美輪明宏さんのご冥福をお祈りいたします。

 

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