
数年後「いま、岩国の基地に居る」との連絡が・・・
「あれから山口の地場ゼネコンに転職し現場を転々としたが、海外旅行の経験を買われ岩国米軍基地施設工事の現場代理人をしている」と言うのだ。
時を同じくして、私も岩国基地の仕事を受注したばかりだったので基地内で会う約束をした。
基地に行くとイラク戦争突入時だったので銃を構えた兵士が数人と爆弾検査の人が数人と、物々しい雰囲気の中の通用門前で身体検査と車の検査を受けた。「本当は基地外で打ち合わせが出来たのだがヤマちゃんと会いたいなぁ」との思いだけだったのでこの雰囲気には後悔を覚えた。しかし入ってみるとそれほど緊張感は無く、別世界に来た雰囲気で「トキメキ」感すら覚えた。歩いている人達は外人、車の右通行、建物の様子、戦闘機の轟音など見るのも聞くのも「ドキドキ」でした。ヤマちゃんと昼食の約束をしていたので基地内での待ち合わせ場所に向かい、すぐに分かった。ヤマちゃんは変わってなかった。うれしかった。10年ぶりの再会だ。積もる話をしながら下士官用のレストハウスに行った。身振り手振りで昼食をバイキングにしたい事を店員(外国の人)にジェスチャーで、何とか伝えられた。「む・む・む、おかしい。ヤマちゃん英語が話せんのん」と聞いた。さらりと「わし、話せんけん」と言ったので「よう現場代理人が勤まるのぉ」と言い返した。「そりや会社が決めたことじゃけんしょうがない」と言う。ヤマちゃんの人間の大きさを改めて知りました・・・。
バイキングの味の方はぼちぼちだったが下士官用のところなので値段はリーズナブルという。
昔話や、ここに至った経緯の話は尽きなかったが13時前になったので店を出ることにし、お金を払おうとしたら「ここは円が使えるけど、お釣はドルかセントだよ」ってヤマちゃんが言ったので「yes」と答えてしまってヤマちゃんに突っ込まれました。雰囲気とは怖いものだ・・・。(廻りの人が全員外国の人で英語で喋っている状況ですよ!)
その後の、ヤマ所長の工事が気になるが、やはり落ちとして現場で雨漏りをやらかして工事所内を水びたしにしたそうで基地で一番偉い人にひどく怒られたそうだ。が、英語で言われた彼には怒りの思いは届かなかった・・・。
それ以降はヤマちゃんとは季節の節目で花見したりキャンプしたりして会うようになり、今の所、放浪癖?は停まっているようです。
カメラの話
ヤマちゃんには私のカメラ収集を診てもらっています。
元々はオリンパス派だったのですが、ニコン派に引きずり込まれ「くびまでどっぷり」状態です。
ニコンF3を片手に中国旅に持って行って「壊れないを実感した」と絶賛していました。
しかし、浪費癖の彼は、ニコンの上?のライカ(1台数十万~十数万の代物)を数台持っていて、建築現場で活躍のライカ(建築現場で使う代物じゃないやろ)を、ただいま絶賛中であります。
「楽して儲け・・・」の話
以前から「野田知祐になりたい」、「椎名誠になりたい」を連発の彼は「誰でもいいから、あそびと趣味を仕事にしている人になりたい」のである。(私もそうですが・・・)
彼との18年前からの夢は「いつかユーコンに行こう」が合言葉で、これをネタに酒を良く飲んだ。
又、私達の昔のキャンプは「わしらは怪しい探検隊」風で、書いてあることが私達とダブるイメージでしたので「椎名誠になりたい」を思っていました。いまになっては「大変な仕事だろうなぁ」と思い、昔の思いを反省しております。(ちょっと未練はあるが才能が無いので・・・と二人で話しています) 敬略
カヌーの話
6年ぐらい前、艇が欲しくなりこだわり派のヤマちゃんはフェザークラフトしか目に入らなかった。
本で探してエルコヨーテの洲澤さん(カヤック界では有名な方)の下に。
カヤックを購入後、漕ぎ方やレスキューを教えて頂いた上に、自宅までお邪魔して黒ビールやダッジオーブンで焼いた肉を頂いてカヌー談議など師事いただいたりとかして大変お世話になったと言っていました。が、今後の為にもとカヌーライフの購読を勧められたのにお断り・・・ヤマちゃん空気読めてないよ!
昔の話ですが、私から言って聞かせておきましたので・・・。
ヤマちゃんの、ほんの一部のお話です
尊敬する1人として、カヤックで旨いビールを飲み隊「いまこのひとが好きだ!」1号にさせていただきました。(1号は偉いのです)
画像はヤマちゃんです (撮影 シゲノブ)