皆さま、おはようございます!
このブログでちょくちょく登場するのが、
旧駅舎跡に建てられた商工会の会館に駅の機能を持たされた駅。
筑豊本線の末端区間である原田線にもそんな駅がありました。
筑穂町(平成18年に合併して現在は新制・飯塚市)の玄関口として
昭和3年に開業したこちらの駅でしたよ。
筑豊本線・上穂波(かみほなみ)駅です!
ぱっと見た感じは駅っぽくない印象だった上穂波駅。
本当にここが駅なのかキョロキョロしながらながめていると、
出入口に「上穂波駅」の看板が掲げられてました。
うん、間違いなくここは上穂波駅だ。
改築されるまで、開業当時からの木造駅舎が使われていたらしいですが…
それではいつ頃この建物に改築されたかというと、
会館の正面に建設記念碑が置かれてました。
「昭和63年3月」の竣工年が彫られてますので、
これが改築年月であることで間違いないでしょう。
なお、先述の通り竣工当時は「筑穂町」でしたが
平成18年に合併して町は現在、飯塚市の一部に変わってます。
壁面に掲げられていた「筑肥町」の文字が無残に剥がされてましたっけ。
合併から既に15年が経過しましたけど案内図は今も「筑穂町」のまま。
そこはツッコんじゃだめですからね。
案内図によると筑穂町は歴史ある名所が数多くあるようですけど…
個人的に気になったのは
国道200号線沿いで見かけた自衛隊車両の墓場でした。
こんな草むらヒーローなスポットを見かけると
ついつい足を止めちゃうの、自分だけじゃありませんよね?
話を再び駅に戻しまして…
会館の一片に開放式の待合所があり、
ここから商工会館の事務スペースを見ることが出来ました。
ここをまっすぐ抜けるとホームに出ることが出来ます。
右手側の壁面に出札窓口らしきモノのシャッターが見えますけど、
現在は無人駅の上穂波駅も一時、
簡易委託駅として営業していた時期があったのかもしれませんね。
ホームは駅舎よりも高い地にあるため階段を伝って進入します。
旧駅舎時代は駅舎からホームに繋がる階段が2本あり、
傾斜が緩い、駅舎に対して斜めに配された階段を現在は使われてました。
上穂波駅は相対式ホーム2面2線構造…改め、
現在はは1面が廃止されたために棒線構造の駅でしたよ。
見てわかる通り、廃止されたホームは撤去されぬまま残されてます。
残されたベンチが寂しげですな。
筑豊本線はかつて筑豊炭田で産出された石炭を輸送するために
石炭列車が頻繁に往来していた路線です。
上穂波駅を含めた原田線内の駅はすべて
列車の行き違いが可能な構造でしたがいずれも現在は棒線化。
すべての駅で廃ホームを見ることが出来ますぜ☆
実は上穂波駅も過去に石炭列車が発着していた時期があったらしく。
上穂波駅の北方に日鉄鉱業上穂波坑があり、
昭和44年に廃坑になるまで上穂波駅から専用線が伸びていたんですって。
上穂波坑跡は現在、筑穂浦田団地に変わり形跡はありませんが、
廃線跡の一部は道路に転用され歩くことが出来るそうです。
いつかここも再訪してみたいですね。
この先で本線と専用線が並行していたみたいですが、
草むらが邪魔で様子はイマイチわかりませんでした。
商工会館の西側には国鉄時代に廃止された貨物ホームが残ります。
こちらは撤去されたホーム待合所の跡かしら?
…等々、探せばもっともっと面白い痕跡が見つかりそうな
上穂波駅でした。
自分が上穂波駅を訪れたのは朝7時過ぎのこと。
商工会の事務所は閉ざされてますが、
地場産品が展示されてることから
観光協会的な機能も持たされてるのかもしれませんね。
ズラリと並んだ酒瓶にそそられていた自分。
筑穂町は呑兵衛に優しかった街なのかな?
次に来る時はレンタカーではなく
「呑み鉄」が楽しめる列車で訪れますね!
旧駅舎がある交換設備があった時代の構内の写真が掲載されてます。
探せば国鉄時代の上穂波駅が映ってる…かも?
若松駅
藤ノ木駅
奥洞海駅
二島駅
本城駅
(折尾駅)
東水巻駅
中間駅
筑前垣生駅
鞍手駅
筑前植木駅
進入駅
直方駅
勝野駅
小竹駅
鯰田駅
浦田駅
新飯塚駅
飯塚駅
天道駅
桂川駅
上穂波駅(平成29年10月10日)
↓(原田駅方面)
駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。
新着情報がすぐ受け取れるフォロワー登録をお願いします!


















