皆さま、おはようございます!
今日は2年前に訪れた磐越西線から
会津若松(あいづわかまつ)駅の訪問記です。
我が地元の宮城では
多くの小学生が修学旅行で会津若松市を訪れます。
ビデオカメラマンが本職の自分も
今年は修学旅行を撮影するために会津若松市に来てました。
余談ですが自分が小学生だった時の修学旅行先は
なぜか県内の金華山。
会津観光は今回が初めてで
バスガイドさんの話を真剣に聞いてましたよ。
会津若松市の玄関口として会津若松駅が開業したのは
明治32年のこと。
今ある駅舎は昭和36年に竣工したモノで
観光名所の鶴ヶ城にあやかり
平成13年に城郭風の装いに改められました。
ちょっとわかりづらいかな?
これならどうだ!
ホームに入りますがその前に…
会津若松駅の構内には
観光案内所や数多くの土産物屋さんがありますけど、
来るたびに立ち寄ってた場所があるのです。
待合所内にある駅そば屋さんでした。
最近は全国的に数を減らしている駅そば屋さんですが
ここは安くて美味しいの。
会津若松駅に来るたび食べてましたよ。
お得感は東北一じゃないですかね?
今回はお値段350円の月見そばを頂いちゃいました。
日頃「カレーと駅そばに不味いものは存在しない」と思ってましたが
すごく美味い駅そばは存在します。
ここがまさにそれ。
お蕎麦の出汁の香りが待合所内に漂っているので
何もせずに列車を待つなんて出来ません。
ここは飯テロ過ぎますって。
改札口を潜ってホームに入ります。
鉄道ファンの間では有名な話ですが
郡山駅‐新津駅を結ぶ磐越西線は
会津若松駅でスイッチバックします。
直通する列車はここで進行方向を変えるのでした。
磐越西線用の1・2番線ホームは
跨線橋を経由しなくてもホームに移動できるよう
JRに移行後に頭端式ホームに改められました。
それ以前はこの先も線路が伸びてましたが、
明治32年に磐越西線の前身である岩越鉄道は当初、
会津若松駅から坂下(ばんげ)町を経由し
新津駅まで延伸する計画があったからとのこと。
のちに現在の喜多方を経由するルートに変更されました。
なお岩越鉄道の開通当時に計画されてた
坂下町を結ぶルートは
大正15年に只見線が開通して実現してます。
只見線(そこから分岐する会津鉄道含む)の列車が発着する
3~5番線ホームはスイッチバックすることなく磐越西線に直通できる
配線でした。
跨線橋の上から構内の南側を俯瞰します。
左に見えるのが頭端式ホームと右に大きく反れてるのが只見線でした。
週末はこの構造を生かして
会津列道のAIZUマウントエクスプレスが喜多方駅まで乗り入れてるのは
周知のの事実ですよね。
あれ?世代が違う?
下は国土地理院のサイトに掲載中の昭和51年撮影の航空写真です。
構内にはなんと、転車台や扇状庫まであるのですよ。
週末にはこれらの施設を生かして
「SLばんえつ物語」が運行されていることは
皆さんご存知ですよね。
国鉄時代にあった広大な鉄道用地のほとんどが
整理されてしまった現在の様子です。
なお、平成8年まで使用されていた貨物ホームですが
JRコンテナの集積基地であるオフレールステーションに変わり
現在もJR貨物の施設として稼働中。
一部は駐車場に転用されてましたよ。
さてさて、駅前にいるでっかな赤べこも見モノでしたが…
会津若松市内では各所で赤べこの絵付け体験が楽しめます。
個人的に次回会津を訪れる際に寄ってみたい場所がありました。
駅前にあるC57の動輪の奥に見える駅前フジグランドホテルです。
ここに泊るとなんと!
近隣にある日帰り入浴施設「富士の湯」を
無料で利用できるんですって。
なにがスゴイってここは
昔は会津若松駅の構内だった場所なのです。
そんな話を聞いてから
一度は行ってみたいと思うのは自分だけですかね?
☆追 記☆ 令和8年6月18日
東横イン177会津若松駅前に宿泊しました
オフレールステーションと昭和25年に廃止された若松競馬場のこと。
↑(郡山駅方面)
安子ヶ島駅
上戸駅
(臨)猪苗代湖畔駅
関戸駅
川桁駅
猪苗代駅
翁島駅
広田駅
会津若松駅(平成26年9月6日)
堂島駅
笈川駅
塩川駅(平成21年8月1日)
姥堂駅
会津豊川駅
喜多方駅
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津川駅(平成26年9月6日)
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五十島駅
東下条駅
咲花駅
馬下駅(平成26年7月1日)
猿和田駅
五泉駅
北五泉駅
新関駅
東新津駅
↓(新津駅方面)




















