皆さま、おはようございます!
駅舎やホームなどの駅施設もそうですが、
福島県石川郡石川町の玄関口、
水郡線・磐城石川(いわきいしかわ)駅。
水郡線内では数少ない駅員配置駅(有人駅)のひとつでして、
駅舎は昭和30年代半ばに建てられたと思われる
機能一点張り(国鉄ちっくなヤツね)仕様ですが、ここでひとつの疑問が…
磐城石川駅は昭和9年に開業した駅なのですが、
なぜ、30年も経たずに駅舎が建て替えられたかってことです。
いくら開業当時の駅舎が木造だと言っても、
30年じゃ余りにも短すぎですよね。
磐城石川駅(&所在する石川町)が過去に
多くの乗車客数や膨大な貨物取扱量で潤っていたに違いない!
そんな風に思ったわけですよ。
その理由を知りたくて、磐城石川駅のことを調べてみました。
まずは駅舎内のチェックからです。
自動券売機の脇でスーパー&フレッシュな「ひたち」の切符入れを発見!
651系・E653系が「ひたち」運用が終了して間もなく5年なんですね。
懐かしいわ~
磐城石川駅は母畑(ぼばた)温泉の最寄り駅でして、
母畑温泉は石川町のある特徴的な地質から、
ラジウム含有量が東北一の温泉地だそうです。
平安時代から続く、歴史ある温泉なんですって。
さてさて、先に書いた、磐城石川駅が繁忙していた頃の話に戻します。
石川町には大きな花崗岩地層がありまして、
多くの鉱山が存在していたそうです。
水郡線の貨物営業が終了する昭和57年までは、
ここから多くの鉱石が輸送されいたらしく。
側線を持つ2面3線構造の大きな構内は、そんな時代の名残りでしたの。
駅舎についてですが、
昭和30年に6町村が合併して現在の石川町が誕生しておりますので、
駅舎はそれを機に建て替えられたのではないかと。
豊富な資源で潤っていた街の玄関口として、
近代的な駅舎に替えられたのではないでしょうかね?
なお、石川町の地層には様々な鉱物が混ざっており、
大正11年には、磐城石川駅構内の石碑にも彫られた
ちなみに「石川石」ですが、
ウランを含む鉱物だそうで放射能を持っているとか。
第2次世界大戦中、日本国内でも原子爆弾の開発が進められておりまして、
石川町では動員された学徒により
ウラン鉱石の掘り出しが行われたそうです。
こんな話を聞いたら、母畑温泉の効能がやたら高く感じちゃいましたよ。
ホームも改装され近代的な印象の磐城石川駅ですが、
ホーム待合室は開業当時のモノでした。
昭和9年12月建立を示す建物財産標です。
…と、石川町の史実に基いて駅舎建て替えの経緯を妄想してみましたが、
地元の皆さま、間違っていたらごめんなさい。
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