兄さん、
これから書く事は、兄さんにとっては初耳だろうけど、全て事実なんだ。
両腕を払われた千絵さんは、
それでもたじろがずに僕を見つめている。
強い吐き気と共に呼吸が上がってきた。
千絵さんはまた笑いながら、今度は
上半身を僕の胸にもたせかけてきた。
「早くしないとあの人が帰ってきちゃうわよぉ」
「気色の悪い事すんなよ!」
カッとなって怒鳴った。
ガタンと椅子から立ち上がり、
力まかせに突き飛ばすと、その女は
よろけてやっと僕から離れた。
目の前に立つその姿は、尋常な人間の形には見えない。
どす黒い靄(もや)が立ち昇って
人の形をしているようにしか
見えなかった。
総毛立つ思いで、ケダモノのように突っ立っている女を尻目に、
走って家を出た。
どうやって車を運転して帰ったのか、覚えていない。
なんて事だ。
兄さんは騙されてるんだ。
あんな下劣な女は絶対に許さない。
僕が侮辱されるより、兄さんを瀆(けが)されるほうが辛い。
ちくしょう。
兄さんは何も知らず、あんな薄汚い女と暮らしを始めてしまった。
僕は兄さんを守らなければいけない。
長い僕らの暮らしの中で、
兄さんはいつも僕の太陽になってくれていたんだ。
いつも正しく、いつも明るくいるべきなんだ。
兄さんを助けなくちゃ。
昨夜は布団の中で、体はガタガタと震え、涙は止まらず、一睡もできてない。
キリキリする頭痛を抱えたまま、
僕は、綿密な作戦を練り始めた。
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当日、兄さんは本社のあるソウルへ出張中だとわかっていた。
僕は仕事の公休を取り、昼前まで布団の中にいて、計画を推敲した。
夜、8時。
下落合から大久保まで歩いてきた。
実家の団地の窓からは明かりが漏れているのが確認できる。あの女は在宅だ。
僕はスマホをポケットから出した。
「もしもし、千絵義姉さんですか。
ぼくです、ソジュンです。今、小滝公園に来てるんです。会えませんか」
僕は純粋な指命感に、武者震いをしていた。
〈つづく〉

