退院から2週間。
ベージニオとレトロゾール中止から1週間。
今日は血液検査チェックと
遺伝子パネル検査結果を聞きました。
- 採血までに1200cc水分補給。
- 7時40分 病院到着。
- 9時00分 採血。
- 9時15分 遺伝子パネル検査結果
- 11時 診察、治験同意書提出
- 11時20分 リュープリン注射
- 11時30分 会計
- 12時05分 薬もらう
遺伝子パネル検査結果
検査結果には薬があれば書かれる枠が
綺麗に真っ白でした。
なんか目が見えにくいなぁ。
がんばるって何をがんばればいいのかなぁ。
外から見える目を我慢してたら
マスクで見えない鼻から
鼻水がダラダラでてきました。
診察
治験のこと
入院中、主治医に別室に呼ばれ、治験の紹介をされていました。
「これって使える薬が減ったのかな…」
ベッドに戻り、頭に浮かんでは消え、浮かんでは消え……1時間もしないうちに検温や血圧チェックになりました。案の定、血圧があがっていて、看護師さんには心配されましたが「先生と話してきて、多少動揺してるかも」と伝えると「寝れなかったらお薬出しますからね」と言ってくれました。
結局、薬は飲まず、ウトウト→目が覚めるを繰り返し、朝を迎えました。朝の光を浴びたら
「今、考えてもしょうがない。
生きてれば新薬もでてくるはず。」
と開き直り?、朝食を全部食べ、退院しました。
でも、日本の承認薬で自分の遺伝子に1つも合うものがないとは思っていませんでした。でもよく考えればわかることなのかも………。
そんなにヒトの体はカンタンなものじゃないですものね。
治療は続けられるので、それなりに使える承認薬はあると言うことなのでしょう。
遺伝子検査結果から診察まで時間があり
後天的な遺伝子変化といわれたので
Googleさんで調べてみました。


誰かのせいにしないように生きてきたし
医学的にエビデンスはないかも知れないけど
今日くらいは100%毒家族のせい
そう言ってもいいですよね。
ちょっとくらい毒のせいにすれば
多少、気持ちが落ち着くので。
『その後の人生に大きな影響を
与えると考えられています。』
どれだけ私のことを
苦しめればいいんでしょうね。
50年、毒を浴び続けたのは長すぎました。
それとともに延命治療という言葉が
本気度を増してきた気がします。
このブログに記録しておくことで
自分の気持ちの整理をしてるんだと
つくづく思います。
ブログ書いたらお腹がなりました。
薬をもらったので今日はブランチにします。
ブランチ食べたら職場に戻って仕事です。
余計なことを考えずに済みそうです。
でも今まで、毒親の仕打ちも
仕事に専念することで打ち消してたので
今度はワーカーホリックに気を付けないと………
初発で湿潤性乳管がん (炎症性)
ステージ4 ルミナールB 手術不適応告知
左胸腫瘍、両脇リンパ転移。 炎症右胸拡大。
ER(+)PgR(+)HER2(1+)ki67(50)
告知から治療、日々のことを書いています。
















