今日のばあちゃん
少々ハイテンション。
デイから帰って
居間のソファーで一服するも
すぐに立ち上がり
何度も廊下まで出てきてウロウロ。
座らせ落ち着かせることエンドレス。
でも、ばあちゃんは何度も立って歩いていることは
覚えちゃいない。
何かに駆られての行動だろうが
それが何なのか本人にもよく分からないから
立ち上がって
どこに行けばよいのかも分からない。
まあ、そのたび
「座っててね。」と教えると反抗することなく
言うこと聞いてくれるから苦ではないが
目が離せないっちゃあ離せない。
以前のように
2階にいるワケではないので
出ようと思ったらすぐに外に出られちゃうもの。
てなわけで
再び
出動!
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
さて
前回は
ダンナの問題発言で物議をかもしちゃった(笑)
でも、だいたいそんなもんですわ。
物事の受け止め方の違いってな。
ワタシのすごい剣幕の怒り方にだって
え?ソレ怒るトコ?みたいに
最初はキョトン?としてたもん。
ダンナ。
人ってのは
自分が置かれた立場でしかモノは考えられない。
それはワタシ自身にも言えることだ。
で、それが『常』になると
そういうもんだと思いこむようになる。
特に家族間だと
親密な分だけその思い込みは強くなるようだ。
本来ならば
実子が真剣に取り組まねばならない親の介護。
成り行き上
ヨメの立場である
いわば他人が主に引き受けているのは
大黒柱であるダンナが
仕事との両立が無理だからに他ならない。
まだまだ
頑張ってもらわねばならないもんねぇ・・・。
それはワタシも納得づくではあるが
それは次第に
『当然』の色を帯びて来ちゃうんだよな。
うちのダンナの場合
協力はそこそこ惜しまずやってくれているし
それで回っているんだからいいんじゃね?
っていうことで。
介護保険の制度も
上手に利用しようとなれば
それなりのアクションが必要だ。
必要に迫られれば
煩雑だの面倒だのとは言ってられないから
アレコレ真剣に理解し、
アチコチ走ったりするのだが
ちょっと蚊帳の外に出ちゃうと
その必要もなくなる。
きっとダンナは
どうすれば認定が下りるのか
はっきりとは知らないだろう。
そうやって回しているうちに
やってる当方も
それが『フツ―』になっちゃうから
情報共有しようとしない。
それもいけないんだけどね。
うまく歯車が回っているかにみえて
今回のようにちょっとしたコトが起きると
ガタガタガタとなるってことは
実はうまく回ってるワケじゃないってこと。
でも見えないんだよね~。
『常』やら『当然』やら『フツ―』にどっぷりの
家族間では。
あ~。
やっと出て来た。
と、思ったら
次回につづくのさ。
ごめんよ~。
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