これは

ほぼ 実話です

 

 

 

子どもに 夫の悪口を言わない

 

とか

 

子どもを 誰かと比較しない

 

とか

 

子育て中

親として 気をつけてきた(つもりの)ことは

いくつかあるけれど

 

 

子どもも 20代後半になり

 

親子関係も 少しづつ変化してきて

 

子どもから

バカにされたり

冷たくあしらわれたりすることも

多くなって

 

 

だってねー

 

世の中の変化が 早すぎて

 

昔の人の知恵が

役立つ状況が 少なすぎて

 

それより

新しい技術や 情報のほうが

有用で

 

結果

子どもに言い負かされたりするわけよ

残念なことに

 

 

そうして そういう 新たな関係性の中で

親としての 自制心のたがも

少しづつ緩んできて

 

私が

マンガに描いたように

子どもの 主に欠点を指して

 

パパそっくり~

 

なんて 言っちゃう

 

 

 

ドラ夫は

私の そういう言葉に対して

カンペキ スルーなんだけど

 

ドラ子に関して言えば

 

末っ子 ということで

親に 甘えているのところがあって

 

やたら ムキになって

 

ありえないくらい ムキになって

時に 涙目になるくらい

 

怒る

 

 

いや

怒っていた

 

つい 最近までは

 

 

 

ところが

 

2週間ほど 前

 

また 私が

ついうっかり 口を滑らせた時

(というか 実は結構 確信犯?)

 

彼女も きっと

私から 度々言われて

うんざりだったんだろう

 

 

次に言われた時 なんて言い返そう

 

彼女なりに 考えに考えて

 

もしかしたら

友だちとかのアドバイスを もらって

 

 

35億の中から そんなパパを選んだのは

ママだよね

 

な~んて言葉を 返してきた

 

 

 

あの時の

勝ち誇ったような ドラ子の顔を

私は 忘れることができない

 

 

もう 私

子どもじゃないからね

 

そう言っているような 顔だった

 

 

 

 

 

 

先日

 

新聞の投書欄に 投稿された

病気で亡くなった妻が 最後に残した詩

テレビで 取り上げられていた

 

 

 

もし 最期に一週間

健康な時間がもらえたら

 

一日目は

夫の好きなお料理を たくさん作り

 

二日目は

趣味の編み物や ミシン

 

三日目は

お片付け…

 

というような 内容

 

 

SNSでも 広がっているそうなので

ご存じの方も 多いかも

 

 

 

私の観た 番組の

コメンテーターの女性たちは

皆 涙を拭っていた

 

私も 感動した

 

 

だって

 

 

その詩の 描く

妻が望んだ

最期の時間を遣って やりたいことは

 

大きな夢でも

 

ありえない希望でもなく

 

ありきたりの日常で

 

 

その中には

私とか 義務感でこなすことも多い

家事

と名のつく仕事まであって

 

 

その女性にとっての

お料理や掃除は

 

家族に対して 愛情を表現する

手段の一つだったんだな

 

 

 

ひとのしあわせって

 

なんて ちっぽけで

 

でも なんて 大きいんだろう

 

 

ああ

常日頃の 自分の心持ちが

ハズカシイ

 

 

 

 

 

今の 私

 

疲れた と言っては 休み

面倒くさいことは 後回し

 

そんな 時間の過ごし方も しがち

 

 

そして

 

親戚から 〇〇と言われた…とか

体重が なかなか減らない…とか

 

それが

世界の大問題な気がして

 

そんなことで

すぐ 心をいっぱいにして

 

 

命が 限りあることを

日常の中で すっかり忘れている

 

 

忘れるくらい 恵まれていて

 

その恵まれていることを

傲慢なことに

恵まれている時は 気が付かない

 

 

 

 

 

 

そろそろ 終活も考えつつある

アラカンである 私

 

 

いい加減 謙虚になって

 

たくさん たくさん 慈しんで

 

 

最期の日

ああ しあわせだった

 

と 振り返れるような日々を

送りたい

 


 

この詩を

 

易きに 流れやすくて

足りないことばかりを 数えたがる

自分への 強烈なアンチテーゼとして

 

心に 留めておこう